その「先生」は突然やってきた。 1945年1月、「上原敏雄」と名乗る若い男が久米島の具志川国民学校に赴任した。島に来た経緯を「南洋にいる兄を訪ねるために那覇まで来たが、10・10空襲で船がやられた。師範学校卒なので県庁に就職を依頼したところ、ここに配属された」と説明した。