15日は45年目の本土復帰記念日。那覇市久茂地で司法書士事務所の代表を務める金城政太郎さんは1921年生まれの96歳、県内最高齢の現役司法書士だ。本土復帰前年の71年、50歳で独立開業し、相続や売買など「土地」にまつわる県民のくらしの変遷を見つめてきた。カジマヤーを迎えた今も、豊見城市の自宅から毎日通勤し、土地の相続や売買に関する相談業務にあたっている。(学芸部・座安あきの)

カジマヤーを迎えた現在も、那覇市の司法書司事務所に毎日勤務している金城誠太郎さん。太平洋戦争では19歳で佐世保第2海兵団に入団、連合艦隊でソロモン海戦に参戦した=那覇市久茂地の事務所

 徴兵先の佐賀県唐津で終戦を迎え帰沖した後、30歳で那覇登記所に採用された。東京出張に出た上司に頼んで古本屋で買ってきてもらった「六法全書」を今でも大切に持ち歩く。「沖縄では『古い六法』がないと仕事ができなかった時代。それなのに、なかなか手に入らず、登記官や上司しか持っていない貴重なものだった」と振り返る。

 本土では終戦後の47年、明治から続く民法の改正で「家」制度が廃止され、配偶者と子どもにも相続が認められるようになった。だが、米軍施政権下にあった沖縄には新民法の適用が及ばず、旧法の運用が続いた。本土で不要になった「古い六法」だったが、沖縄では56年まで、法律を扱う実務で必需品だった。

 57年には沖縄にも新民法が施行され、相続関係がようやく本土並みになった。だが、戦争で戸籍が失われた影響で、相続が円滑に進まない事態が相次いだ。

 本人や親族からの申告を基に新しく作られた戸籍では、「ウシ」や「ウト」など沖縄独特の名前が本来のものと微妙に異なって表記されたり、本土にある戸籍と重複して作られたりするケースも多く、相続の際の特定作業に追われたという。

 新民法の適用を経て迎えた72年の本土復帰。金城さんはその前年、開業のため19年間勤務した登記所を退職した。

 復帰に向け、法務局の関係者が定期的に沖縄の法曹、行政関係者向けの指導に訪れ、金城さんら登記業務の従事者も東京での研修に積極的に参加していた。「準備万端で復帰の日を迎え、混乱することなく円滑に業務を進めることができた」と回想した。

 時代の移り変わりとともに県内も都市化が進み、農地を手放す人がいる一方で、沖縄に土地や建物を求めて移り住む人々も増えている。「どんなに世の中が発展しても法律の必要性は変わらない。仕事を通して世の中に貢献している自負がある」と金城さん。アジアに近い地理的な魅力から、沖縄の発展は今後も続くと見通す。「沖縄は小さな島だけど、いろんな可能性を秘めた宝の島。若い人にもその良さをしっかり感じてもらいたい」とエールを送った。