那覇市民会館の1階には広々とした和室があり、しばしば沖縄芝居のリハーサルが行われていた。10年以上前に元・乙姫劇団の大城光子さんの気迫のこもった指導に驚いたことがある

▼大城さん演じる母親と幼子が別れる場面。母にすがる子どもを演じる女の子に、大城さんは「もう一回やってみて」「こんなんじゃないよ」と何度も演技をやり直させた

▼小学校低学年ぐらいだろうか。あまりの厳しさにその子が泣きだす。「とーとー、その泣き方。今泣きたくなった気持ちを、本番でも思い出すんだよ」と合格が出た

▼「年配のお客さんにとって、最後に見る芝居になるかもしれない。真剣に演じなくては」。家族に付き添われ、入所している施設からベッドのまま来た人や、車いすの人が観劇しているのを見て、大城さんのこだわりの意味が分かった

▼戦中戦後に苦労し、復帰という世替わりを体験した世代にとり、自分たちが使ってきた言葉で演じられる沖縄芝居は特別な娯楽の一つ。三線の音色とウチナーグチの響き、きらびやかな舞台で、若く、元気だったころの記憶がよみがえる

▼喜劇で笑い、悲劇ではハンカチをぬらす。幕あいには隣席とのおしゃべりに花が咲く。きょうは「母の日」。公演を楽しむアンマーたちの、舞台以上ににぎやかな声が、沖縄芝居を上演している会場で響く。(玉城淳)