沖縄が日本に復帰して15日で45年を迎えた。27年に及ぶ米統治から日本に復帰した住民。しかし、その表情は喜び一色というわけではなかった。米軍基地の「本土並み」という望みは叶わず、通貨切り替えに伴う生活不安が重くのしかかる。沖縄タイムスは当日1面で「“復帰元年”不安の幕開け」「問題残す基地存続」と伝えた。アメリカから日本へ。当時の新聞を通して沖縄の歴史的1日を振り返る。

「新沖縄県発足式典」であいさつをする屋良朝苗新知事=1972年5月15日、那覇市民会館

 

 ■新生沖縄の第一歩

 「日本への復帰は、沖縄の地位の正常化を意味するかもしれないが、現実には異常な政治状況のなかにおかれることになろう」という一文で始まる、復帰当日の沖縄タイムス社説。小さな島に全国の米軍専用施設の約7割が集中する「異常」な状況は、45年経った今も変わらない。(5月15日朝刊)※社説全文

5月15日朝刊1面

 ■憲法への思い 

 復帰の日の朝刊には日本国憲法全文が掲載された。27年にわたって米軍の支配下にあった沖縄の住民にとって、基本的人権が保障された日本国憲法に託す思いは大きかった。(5月15日朝刊)

5月15日朝刊

 ■日本人の誇り 

 「日本人の誇りを持ちたい」「生活に不安」「素直に喜べない」。住民の復帰に対する思いは複雑だ。米統治が終わった喜び、通貨切り替えに伴う混乱や物価上昇の心配、米軍基地が残ることへの不満など、期待と不安が渦巻く。(5月15日朝刊)

5月15日朝刊

 ■喜びと不安と 

 この日、東京と那覇で沖縄返還記念式典が行われる一方、県内では大規模な抗議大会も開かれ、喜びと怒りが交錯した。沖縄タイムスは「二十七年にわたる要求が実現したとはいえ、県民は複雑な気持ちで復帰を迎えた」と伝えた。(5月15日夕刊)

5月15日夕刊1面

 ■パスポート不要

 ドルから円への通貨交換は沖縄全体で190の交換所が設けられたが低調なスタート。学校は平常通りで復帰の意義を説明する授業が行われた。病院では「復帰ベビー」が誕生し、港ではパスポートの必要がなくなった本土からの観光客が新生沖縄県に一番乗りした。(5月15日夕刊)

5月15日夕刊

 ■庶民の混乱

 「そのポーク缶詰、円ではいくら?」。庶民の生活の切り替えはなかなかスムーズにはいかなかった。円とドルの迷路に入り込み、買う人も売る人も四苦八苦。混乱の中、物価だけが値上がりした。(5月16日朝刊)
 

5月16日朝刊

 ■スポーツ

 スポーツ面だけは復帰の日でも変わらず。プロ野球は負傷の長嶋選手を欠いた巨人が大洋に敗れ3連敗で3位に転落した。スコア表や順位表など、45年経った現在の紙面とあまり変わりがない。(5月15日朝刊)

5月15日スポーツ面