1853年5月、米海軍提督ペリーの艦隊が琉球国にやって来た。米捕鯨船の停泊地と燃料確保が目的だ。首里王府は、ペリーの首里城への強制入城など数々の要求に振り回された。一方、探検隊の行く先では、人々は恐れと好奇心をもってウランダー(外国人)を見詰めた。しまくとぅばを手掛かりに足跡を訪ねた。

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