【スタートライン】CMディレクター 福永周平さん

 ビールや泡盛、電力、銀行…。これまでたくさんの企業のテレビコマーシャル(CM)を手掛けてきました。CMは、番組の間に突然差し挟まれるもの。最初から見たいと思っている人はいません。超アウェーからのスタートです。そのわずか15秒や30秒が勝負。「面白いものをつくってみんなを笑顔にしたい」という思いは、映像の世界に入ってからずっと変わりません。

CMディレクターの枠を超えて幅広く活動する福永周平さん。この日はCMのナレーションの収録もしていた=那覇市内

 CMディレクターの仕事は、企画を考えて実際に映像化すること。カメラマンやモデル、音声、照明、ヘアメーク、音楽など、さまざまな分野のスタッフと一緒に作り上げていきます。一つの現場に関わるのは、多い時で総勢30~40人。クリエーターとしての想像力はもちろん、自分が何をしたいのかを伝えるコミュニケーション力や、みんなをまとめる力が求められます。もともとそういうのが苦手な自分にとって、毎日が訓練みたいなものかもしれませんね。

 フリーになってからは自分自身が看板なので、名刺を渡したときに覚えてもらえるようこんな格好(派手な服装にパーマ)をしていますが、子ども時代は恥ずかしがり屋でした。みんなの前で本を読んだら顔が赤くなるくらい。その代わり絵が好きで、当時は漫画家になるのが夢。でも学校にもっと絵がうまい人がいたんです。それで挫折。残念ながら福永少年は、ただの絵が好きな人になってしまいました。

 一方で自信を付けたいという思いもやっぱりあって、中学では吹奏楽部に入りました。その頃から少しずつ人前に出られるようになり、高校ではバンドでボーカルやギターをやるまでになりました。将来は音楽の仕事ができたらと感じ始めていましたが、もっと歌がうまい人がいて、これは無理だなと。また、ただの歌が好きな少年になってしまいました。

 転機になったのは、母親が大学の卒業祝いでビデオカメラを買ってくれたこと。友だちを撮ったりしているうちに、映像で表現する面白さに目覚めました。映像制作会社に就職しますが、挫折したと思っていた絵も音楽も、母子家庭でテレビっ子だったことも、すべて自分の蓄積として生かされています。

 母はとてもほめ上手な人で、子どもの頃の僕はすっかり乗せられました。仕事から帰ってくる母のためにこっそり家の掃除をしておくと、「だれがやったの?」と大げさに喜んでくれる。本当は僕がやったことなんか百も承知のはずなのに。人に喜んでもらえるとうれしい、みんなを笑顔にしたいという自分の原点は、きっとここにあると思います。

 CMディレクターとして脂が乗り始めた頃、映画のショートフィルムをやらないかと声を掛けられました。依頼主の要望を形にするCMと違い、映画では「自分」が前面に出る。何を表現したいか、自分のアイデンティティーはどこにあるのかが問われるんですね。引き受けはしたものの、CMより長い作品を手掛けるのは初めてで、仲間から脚本に駄目出しが続きました。仕上げるまでに1年近くかかり、何度も夢でうなされました。

 でも、県内向けCMと比べ、映画ならもっと多くの人に見てもらえる。何とか乗り切って映画監督デビューとなった作品(「琉球カウボーイ、よろしくゴザイマス。」の一編「HAPPY☆PIZZA」)は、ジョージア州ローマ国際映画祭海外短編部門で最高賞にも選ばれました。「外国の人も笑顔にすることができた」とうれしかったですね。

 それ以降、映画やアニメにも挑戦しています。「やったことない」はチャンス。無理だと思えることも、やってみればみんな自分の「筋肉」になる。そう信じています。(社会部・鈴木実)

 【プロフィル】福永周平(ふくなが・しゅうへい) 1974年生まれ。那覇市育ち。沖縄映像センターを経て、2008年からフリー。沖縄広告賞グランプリや「ACC CMフェスティバル地域ファイナリスト」をはじめ、CMの企画演出で受賞多数。映画やアニメも手掛けるなど、沖縄県内のトップクリエーター。