去年のウチナーンチュ大会から考え続けている真剣な課題がある。それはニューヨーク沖縄県人会の過去、現在、未来である。1983年に当会を創設した松川重一氏が2009年に他界して以降、私は当会の役員や理事の最年長者として、当会を第一に考えるようになった。

ニュージャージー州ではハイビスカスが春から夏にかけて店や人家の玄関先で見られる。見るたびにウチナーを思い出す

 どの会や組織にも共通すると思うが、私は30年余り当会に関わってきた体験から、4年ほど前から「会の次世代への過渡期」を感じるようになった。  

 幸いなことに当会に関して同じ悩みが常に脳裏にあるのは私一人だけではない。同じ志で、しかも私より一回り年下の島ンチュが理事幹部にいる。いかなる連絡も早く、そしていかなる問題でも信頼関係を基にすぐ相談できる。ウチナーグチ、日本語、そして英語で話したりメールしたりも可能である。

 さらに30代で自主的に、われわれ1世よりも強い志を抱いて行動する若者もいる。人材育成の対象で、20代の頃から潜在的なリーダーシップが感じられた。

 有言実行の模範を示すウチナー3世。ビジネス専攻で若くして経営力を養い、なおかつウチナー独特のチムグクルもある。

 私は孫の年に近い若者からウチナーチムグクルの真の意味を教えられている。とにかくライオンのように集団をまとめる力があり、世代構わず社交的でもある。

 今のところ少数だが、アカバナーのように絶え間ない情熱を燃やしている同志たち。JFKの名言をあやかって「会から何が得られるかではなく、会のために自分は何ができるか」を潜在意識で考え動いている。

 自己宣伝の魂胆があったり、何らかの見返りを打算的に求めたりするケースは自然消滅する。当会の課題に無関心な人は自然に枠の中から外へと出ていく。

 当会の目的を考え自主的に協力していくと、それらが模範になり連帯感を強める。それが親睦と推進につながり、当会の目的の一部を果たすことになる。

 ここでもウチナーンチュがナイチャーに関して云々(うんぬん)する例は少なくはない。それは劣等意識からくる要因もあろう。 

 東京弁で話そうと気取る必要はない。どんなに標準語が上手でもウチナーンチュは日本人になりきれないと、よく耳にする。なまっていても対等に話せるように努力し、意志表示をすれば良し。ともかく相手に内容が伝われば伝達手段として果たせている。 

 気取りは仮面をかぶっているのと同様、信頼関係の大敵であろう。ラブ(Love)やリスペクト(Respect)を頻繁に使うと安売りになる。私が常に言う言葉は 「信頼関係を土台にして行動してほしい」である。(てい子与那覇トゥーシー)