病室でもコンパクトカメラを離さず、家族の手を借りて見舞客を撮り続けたという。写真家の山田實さんが27日、亡くなった。最期まで現役を貫いた98年の人生

▼2年間のシベリア抑留から生還し東京で療養中、やんちゃな子に母が「沖縄に送るよ」としかるのを見た。まるで「鬼が島」。1952年の帰郷後から始まった撮影活動で、等身大の沖縄を伝えることにこだわり続けた

▼図録「山田實展 人と時の往来」(県立博物館・美術館)を開いてみる。60年の「久茂地交差点」は、現在の位置関係が分からないほど空き地だらけ。62年撮影の、少年が飛び込む泊海岸は今のどの場所なのか。何げない1枚が、記録することの大切さを教えてくれる

▼屈託のない笑顔の子どもの多くは子守や水くみ、農作業など親の手伝い中だ。子が働くのは当然だった時代。写真から、必死で生きる親の姿まで想像してしまう

▼当時、きっと子どもらを励ましながら撮ったのだろう。87年、海邦国体開会式で躍動する小中高生のダンスを号泣しながら撮影し、以後、子どもを撮るのに区切りを付けた。「沖縄はもう大丈夫だ」と

▼基地や復帰運動など、大文字の沖縄戦後史とは一線を画し、街の移ろいや庶民の生活を記録し続けた山田さん。撮ることで名もない人々に光を当てたまなざしを、少しでも受け継ぎたい。(磯野直)