大弦小弦

 薩摩の琉球侵攻400年がらみで例年になくシンポジウムが多かったこの1年。「歴史の記憶」という言葉が印象に残る▼今度の総選挙で民主党が政権を取って以来、風雲急を告げるような米軍普天間飛行場移設問題も、この言葉をキーワードに考えると見えてくるものがある。それは対米従属といった日米関係の話ではなく、本土と沖縄の関係のことだ▼明治の大阪勧業博覧会では人類館で見せ物にされ、沖縄戦では友軍と思った日本兵に壕を追い出され、その後のサンフランシスコ講和条約ではトカゲのシッポのように切り離されたのが沖縄だ▼返還交渉における密約で交渉の具に使われたのも同根。本土は自らの地位保全や安寧のために毛色の違う同胞としての沖縄をことごとく犠牲にしてきた歴史が連綿と続いているのが実態ではないか。その延長線上に普天間問題もある▼こうした犠牲の歴史に終止符を打つ。それがいま県民世論として動かしがたい流れとなっている「県外移設」といえる。歴史の記憶に立つなら、本土も応分の負担をと主張して当然ではないか▼ここへ来て大阪府の橋下徹知事が関西空港への訓練の分散移転に前向きな態度を示し始めている。本気度を確かめたい。県外移設の流れを作った民主党には最後まで責任を全うしてもらいたい。(真久田巧)

(更新日:2009年12月09日 16:42)

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 奮発して手に入れたステーキ肉。塩こしょうをまぶして一気に焼く。一口ほおばると幸福感に包まれ、ヒトに生まれた喜びをかみしめる▼そんなとき思う。いま目の前にある料理は、数多くの先駆者たちがいたからこそ存在しているのだと。とりわけ肉を火で焼くこと、いや、さかのぼって最初に火を使った者がいたこと▼いまに至る文明の利器は、いずれも元は誰かが発明(発案)したもの。そう考えると発明の尊さを実感する。身近なところでも、素晴らしい技術や工夫が生まれ、実用化されている▼県内の発明家たちを後押してきた「日曜発明教室」が6日を最後に終了した。弁理士の福島康文さんが主宰して1994年にスタート。毎月1回、16年近く続いた教室の最終は190回を数えていた▼発明事例紹介や特許など知的財産権の取得についての相談・助言を通し、会員らのモチベーションを高めた。塩の「ぬちまーす」や「もろみ酢の濃縮粉末技術」などが生まれる上でも重要な役割を果たした▼ベンチャー企業の育成にはインキュベーター(ゆりかご)が必要とされる。教室は、まさにその役割をいち早く実践してきた。沖縄総合事務局の関係者は、教室の後継となる場の創設を検討したいと話したという。発明の火を絶やすことの損失は計り知れない。(久高将己)

(更新日:2009年12月08日 16:43)

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