沖縄模擬選挙2018

 2018年の沖縄県知事選挙は9月30日、投開票されます。
 今回は、翁長雄志前知事が8月に急逝したため、元々11月に予定されていた知事選が繰り上がり、次の知事を決めることになりました。

 選挙の立候補者を紹介するほか、争点についてもまとめました。
 ただし、政党からの支援を受ける候補者にボリュームを置いています。

 沖縄の選挙を理解する上で必要な項目も記述しています。
 ぜひ、ご参考ください。

沖縄県知事選候補者

佐喜真淳
54歳、前宜野湾市長  詳しい政策はこちら

【陣営アピール】
 沖縄経済は好調とされるが、一人当たりの県民所得や非正規雇用率、子どもの貧困率など、いずれも全国最下位にとどまる。私たちは県民の暮らしを最優先と訴えていく。地域や家庭に細やかな支援をすることで県民所得300万円や子どもの保育・給食費・医療費の無償化を実現する。高齢者の医療費負担も大幅に軽減する。
 さらに基地返還を確実に進め、その跡地をダイナミックに利用することで、新たな医療拠点を築いていく。この4年間で対立や分断が生まれてしまった。対立から対話へ、未来志向で沖縄を変えていく。

玉城デニー
58歳、自由党前衆院議員  詳しい政策はこちら

【陣営アピール】
 今回の選挙は、辺野古新基地建設を県民が認めるか認めないか。どのような経済発展を目指すのか。沖縄のアイデンティティーが問われる選挙です。
 辺野古新基地を阻止し、普天間基地を閉鎖・返還させましょう。子どもや女性、若い人たちが心豊かで安全・安心に暮らせる沖縄、沖縄の持つ自然と歴史、伝統文化を大切にする沖縄、地元企業の皆さんが希望と活力にあふれる沖縄、県民の心を一つにして豊かで誇りを持てる自立と共生の沖縄を目指します。玉城デニーと共に「新時代沖縄」を切り開いていきましょう。

渡口初美
83歳、元那覇市議・琉球料理研究家  詳しい政策はこちら

 ベーシックインカムの立ち上げに頑張ってちょうだいと言われ、立候補することになった。
 一部を聞いて素晴らしいと思った。沖縄が老いも若きも幸せに暮らせるまちづくりの最初のモデルになればうれしい。 基地問題だけでなく、衣食住に重点を置き、琉球料理を通して長寿を目指す行政にしたい。

兼島俊
40歳、元会社員  詳しい政策はこちら

若者と一緒に今後の沖縄をつくりたい。
若者の政治参加を訴えたい。
個人の声が行政に伝わるような仕組みをつくりたい。
沖縄をもっと良くしたい。
名護市辺野古の新基地建設については、危険な普天間飛行場を移設するのはいいが、辺野古に持っていっていいのか。自分の中で整理できていない。

争点

 佐喜真さんと玉城デニーさんは共に、米軍普天間飛行場の早期返還や危険性の除去を訴えています。

 違いは、対応策です。ここが今回の選挙の争点になるので、簡潔に説明します。

普天間飛行場について

 普天間飛行場は、那覇空港から車で30分ほどにある宜野湾市にあります。大きさは東京ドーム約100個分です。

 MVー22オスプレイや大型輸送ヘリCH-53などが配備されています。

普天間飛行場

■戦前は8800人が暮らしていた

 沖縄戦前年の1944年、普天間飛行場がある場所には、村役場や国民学校があり、8800人が暮らしていました。

 しかし、1945年の沖縄戦で、米軍は本土に出撃するため、飛行場に適していた宜野湾の土地を奪います。沖縄は、航空機で本土を攻撃して戻ってこられる距離にあったからです。

 米軍は1945年6月17日の沖縄戦中から、人々を追い払って飛行場を造り始めました。

 戦争が終わった後も住民らは捕虜収容施設での生活を余儀なくされ、戻ることが許された頃には、すでに自宅や畑はなく、飛行場が建設されていました。

 住民たちは、飛行場周辺の土地で集落を作り直すことを余儀なくされました。2018年の現在まで、普天間飛行場の土地は住民に戻ってきていません。

 普天間飛行場の91%は民有地で、地主は3400人にも上ります。

■普天間飛行場は「世界一危険」

 普天間飛行場は、宜野湾市のど真ん中にあります。市の25%の面積を占め、キャンプ瑞慶覧(ずけらん)という、もう一つの基地も8%あるのです。結果、残りの67%に9万5千人が暮らしています。

 そんな普天間飛行場を視察したラムズフェルド米国防長官(当時)は「世界一危険な米軍施設」と感想を漏らしました。

 危険な例を一つ挙げてみます。

 普天間飛行場の隣には普天間第二小学校があります。

 2017年12月、大型ヘリコプターが小学校の運動場に7.7キロの窓を落とす事故がありました。体育の授業中の子どもたちもいました。

 事故の後も飛行機やヘリが学校の近くを飛んだため、2月13日から3月23日の間に子どもたちが避難した回数は216回に上りました。

 普天間第二小学校は、隣の小学校の児童が増えたため、過密化を解消するために1969年設置されました。適当な土地が見つからず、飛行場の隣に建設された経緯があります。

普天間第二小学校のグラウンドに落下した米軍ヘリの窓枠=2017年12月13日午前、宜野湾市新城

 普天間飛行場は、もともと常駐機は少なく、休眠状態でした。

 しかし、危険になったのは、関東地方の米軍基地を大幅に縮小するため、1979年に本土からヘリが移ってきたことです。

 小学校だけでなく、周辺の住環境も悪化しました。

 宜野湾市は小学校を移転しようとしましたが、米軍が移転後の小学校敷地を普天間飛行場に組み込むように求めてきたり、移転の土地を買うのに25億円が必要で、結局、断念しました。

■辺野古新基地問題

 1996年、日本と米軍が普天間飛行場の返還に合意しました。それは、沖縄県内に移設することが条件でした。

 国は、普天間飛行場を名護市辺野古へ移設しようと2014年から埋め立て事業を始めました。

 一方で、翁長雄志前知事は、県内への移設に反対し、埋め立てを承認しないという立場でした。

 国と県の主張は異なり、返還の合意から22年間、普天間飛行場の問題は足踏み状態が続いています。

護岸工事が進む名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部=2018年2月

今回の選挙の争点

 以上を踏まえて、佐喜真さんと玉城さんの対応策の違いについて紹介します。

佐喜真さんの主張

 佐喜真さんは、国政の与党の自民党をはじめ、公明党、日本維新の会、希望の党が推薦しています。

 佐喜真さんは、辺野古の新基地建設をめぐって、これまで沖縄県と国が対立してきたため、普天間飛行場の早期返還に向けて国と対等な立場で交渉したいと考えています。

 普天間飛行場の閉鎖・返還にかかる作業をすぐに始め、運用停止をおこないたいとしています。

玉城さんの主張

 玉城さんは翁長前知事の“後継者”で、「オール沖縄」が推しています。

 普天間飛行場は、閉鎖・返還をさせ、あらゆる手法を駆使して辺野古新基地建設を阻止するとしています。

 新たな基地を造れば、将来の世代に負の負担を押しつけてしまうと考えているからです。また、基地が沖縄に固定化されてしまう可能性にも言及しています。

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