【伊江】父親を奪った事件から70年余り、大川優子(あつこ)さん(78)=宜野湾市=はあの日の記憶に向き合い始めている。1948年、伊江港で米軍の船舶が大爆発を起こし、約180人が死傷した「米軍LCT爆発事件」から6日で74年。初参加する同日の慰霊祭を前に、初めて自身の体験を語った。(北部報道部・玉城日向子)

 48年8月6日。真夏の暑い日だった。母と魚のすり身を作っていると、遠くから「バーン」と大きな音が聞こえた。「何だろう」。空に届きそうなほど大きな黒煙が見えた。

 爆発が起きたのは午後5時半ごろ。125トンの爆弾を積んだ米軍LCT(上陸用舟艇)が火を噴いた。住民100人以上が命を落とした。

 父親の東江八英さんは当時、伊江村役場の職員。沖縄戦で亡くなった島民の遺骨を連絡船から回収するため、島の桟橋にいたところ巻き込まれた。42歳だった。

 大川さんは当時4歳。弟は生後10カ月。爆発事件後、母親のフヂさんが女手一つで家族を養った。...