本書が目指すのは、第一に戦前期の文学歌謡研究者であり、同時に琉球古典音楽の声楽譜を完成した古典音楽研究者である世礼(せれい)国男(1897~1950年)の業績の全体像を描出すること、第二に戦前期に世礼と共に活動し『おもろさうし』の新たな解釈の地平を開拓していった新おもろ学派の人々に光を当てることである。

世礼国男と沖縄学の時代(森話社・6264円)

 第一の課題は文学・歌謡学的研究と音楽学的研究が分離している現今の沖縄学の状況下では真に困難な作業である。いったい世礼国男という人物は文学研究者なのか、音楽研究者なのか?

 著者の末次智は世礼の詩集『阿旦のかげ』、『おもろさうし』研究、古典音楽研究と声楽譜完成、琉球神道研究といった多彩な業績の各側面に焦点を当ててゆく。そして、『おもろさうし』をはじめとする琉球古歌謡の形態学的研究の先駆者としての世礼国男像と、野村流『声楽譜付工工四』完成の立役者としての世礼国男像がここに総合される。本来文学・歌謡畑の研究者ながら前著『琉球宮廷歌謡論』で「歌われる歌としてのオモロ」像に肉薄した末次の広角な描写手法が冴(さ)える。

 第二の新おもろ学派の紹介においては、島袋全発、比嘉盛章、宮城真治、小野重朗といった新おもろ学派の人々の諸研究、すなわち『おもろさうし』研究の開拓者である伊波普猷の読解に対して、新たな解釈の可能性を提示した展読法(島袋)、補填法(宮城)、分離解読法(小野)が丁寧に紹介されてゆく。特に戦前期に宮城が到達した『おもろさうし』読解の水準を高く評価し、資料として彼の未発表草稿「『おもろさうしの読法 展読法の研究』に対する卑見」を翻刻紹介している。

 本書は、戦前期新おもろ学派の『おもろさうし』研究の内実に興味を持つ文学側の読者にも、また野村流古典音楽伝承の礎となっている『声楽譜付工工四』完成者としての世礼に興味を抱く音楽側の読者にも、等しく関心を持って読んでいただける書物である。世礼国男および新おもろ学派の面々が戦前期に到達した研究成果を鳥瞰(ちょうかん)する格好の書といえるだろう。(久万田晋・県立芸術大学教授)

 【著者プロフィル】すえつぐ・さとし 1959年福岡県生まれ。琉球大卒、立命館大学大学院博士課程後期課程単位取得。京都精華大教授。著作に「琉球宮廷歌謡論-首里城の時空から」など