首里赤平町で八重山料理「潭亭」を営む宮城信博さんのエッセー集。あまりにも面白いので思わず評者は次のような啄木まがいの歌を送ったくらいだ。「故里の噂(うわさ)なつかし潭亭の友垣の中にそを聴きに行く」(評者も同郷人である)。

八重山日和り(文芸春秋・1500円)

 ところで「あとがき」を読むと定年後(ということは潭亭を経営する前は別のお仕事をしていたとみえる)。さあ、これで思い切り本が読めるぞと張りきっていたのだが、いわゆる大作に挑戦してあえなく敗北。しかし松浦(まつら)静山の『甲子夜話(かっしゃやわ)』に出合い感動。それが本書執筆の直接の動機となったという。松浦といえば江戸後期の大名で平戸藩主。彼も隠居後、毎晩筆を執り『甲子夜話』278巻を著したというから静山のそのリズムを感じた宮城さんは余程(よほど)の目利きということになる。

 さて本書の内容であるが非常に微妙でおかしく、かつ八重山方言のニュアンスが巧みに生かされているのでその部分はこの短評では伝達不可能、ぜひ直接本書をお読みいただきたい。それで微妙さを諦め、方言のニュアンスがなくても確実に読者に伝わる話を二、三挙げると、まず著者が早稲田の学生時代の先輩の話。その先輩は何々さんは九州の御出身ですかと聞かれると「九州? 九州とはナマヌルイ。俺はオキナワダ!」と答えていたそうである。次は司法研修所時代を長崎ですごし名物のイカスミが大好きになった後輩のこと。彼は恐ろしく安い弁護料しか受け取らず、しかも庶民派弁護士と言われるのをとても嫌がっていた。その彼が他界する直前に送ってきた句「冱(い)つる中 スキップでいく 深宇宙」。また自分の母校のセーラー服が一番美しいと意見が一致した友人と2人で作った「早稲田大学セーラー服研究会」等々。

 実によく工夫された文芸(・・)によって描かれる八重山日和り。人生裏(表)話。強烈な話題に巻き込まれないよう少々の毒消しも準備してゆっくりとページをめくれば、人の世の妙味とほろ苦さ、そして爽やかさを深々と玩味できる好著である。(八重洋一郎・詩人)

  【著者プロフィル】みやぎ・のぶひろ 1946年石垣島生まれ。早稲田大卒。八重山料理「潭亭」主人