「イユーコーンチョーラニー(魚を買いませんか)」
漁師町・糸満から魚をバーキ(竹かご)などに入れ声を張って歩いた行商。頭に商品を載せ売り歩くことをカミアチネー(旧糸満町、現在の糸満市糸満ではカミアキネー)という。
漁師の家に生まれた金城幸子さん(98)は10代でカミアチネーを始めた。漁船の戻りを待ち、午前10時に出発。「大漁の時は、もっと早く始めた」と語る。
約12キロ先の那覇まで歩き、祖母の代からあったという天秤を使って1斤(600グラム)単位で売った。「不漁で量がない時は、途中で仲買人に卸していた」という。
西島本和枝さん(81)によると、カミアチネーを終えて母が帰宅したのは午後9時ごろ。「もうけがあれば馬車で、なければ歩いて帰ってきた」。まんじゅうなど母の土産を楽しみに、かやを吊(つ)った寝床で待った夜もあった。
「カミアチネーは2000年代まであった」と西島本さん。約10年前まで鮮魚店を営んでおり、一緒にセリに加わった女性が「バスや車に乗って、客の家の近所で降り、商品を頭に載せて売りに行っていた」ことを覚えている。(「1935沖縄」取材班・堀川幸太郎)
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