まさか、私が大田昌秀氏の遺作となった本書を紹介することになろうとは思いもよらなかった。5年前、私は大田氏に「やんばるの戦争究明を頑張れよ」と励まされた。お酒が入っていたこともあり、子どものように頭をなでられた。あのぬくもりを想(おも)い出す。

沖縄 鉄血勤皇隊(高文研・2160円)

 復帰後も続く基地問題では、初めて政府と対峙(たいじ)した県知事であった。その知識と手腕で、これまで日本政府に力ずくで押さえ付けられていた県民の怒りを代弁し、闘ってくれた。大田氏が世に送り出した書物は全国の多くの人びとに親しまれ、沖縄戦・近現代・基地問題を考える上で、常に県民と共にある。その指針書が本書で最後となった。

 序章では米軍上陸後の4月3日から6月下旬にかけ、学徒一人一人の名を紹介しながら戦死した状況をしたためている。決して「名誉の戦死」とは言い難い学友の死んでいく姿を、大田氏は全国に伝えたかったのである。

 2章では男子学徒隊全12校を各節ごとに、これまで蓄積した証言を丁寧に紹介しながら、鉄血勤皇隊に動員された若人がどのように沖縄戦に巻き込まれていったのかを、より具体的に記している。研究者として収集した写真を随所に挿入した編集は、戦争を知らない世代、特に中高生に読んでほしいという願いが込められているのだろう。

 知事時代、「平和行政」を一つの柱とし、それを形に現したのが平和の礎、県公文書館、県平和祈念資料館の着手であった。沖縄戦を生き延びた大田氏は「私の生は、文字どおりあえなく死去した多くの学友たちの血で以て購(あがな)われたものに他ならない」(あとがき)と述べている。

 その言葉通り、3章では遺骨を収集し、平和の像を建立していく経緯を回顧する。そして平和の礎は「反戦の誓いの塔」として沖縄や日本だけでなく、世界の次代を担う若い世代にも引き継いでほしいとの願いを綴(つづ)っている。

 92歳という老齢にもかかわらず、最後まで平和について全国民に問い続けた大田昌秀氏は学友の元へ旅立った。ご冥福を祈る。(川満彰・名護市教育委員会文化課市史編さん係嘱託員)

 【著者プロフィール】おおた・まさひで 1925年久米島生まれ。今月12日に死去。45年鉄血勤皇師範隊に動員されて沖縄戦に参加。琉球大教授を経て90年から県知事2期8年。2001~07年参院議員。「沖縄の民衆意識」「写真記録 これが沖縄戦だ」など著書は80冊余