司会者の合図と同時に、黙とうが始まると、話し声が消えた。聞こえるのは鳥のさえずりと、6月の風が揺らす木々のざわめき。遠く那覇の港に停泊する船の汽笛が響いてきた

▼那覇市首里の「一中健児之塔」で執り行われた慰霊祭に、遺族として初めて参列した。同窓会や遺族代表あいさつの後、首里高校の生徒がなぎなたや空手を披露した。はつらつとした後輩の姿を、亡くなった先輩方は目を細め見入ったに違いない

▼鉄血勤皇隊として、1945年に命を落とした伯父は当時5年生、17歳だった。母の実家の仏間の壁には学帽姿の伯父の写真が飾られている。亡き祖父母はどんな思いで「慰霊の日」を過ごしたのだろうか

▼養秀同窓会はこの日、前途ある未来を戦争に奪われた少年たち一人一人の、短くもかけがえのない人生を記録に残そうと、遺族に「学徒の家庭での生活ぶり」などを尋ねる調査用紙を配布した

▼同窓会では生徒たちの遺書を修復する取り組みも続いている。高齢化する遺族の記憶だけでなく、遺品で生きた証しを後世に伝える試みだ

▼帰り道。参列した首里高校の1年生の列と一緒になった。友人たちと語り合いながら楽しそうに歩く姿に、72年前の伯父や仲間たちの面影が重なった。若い世代に同じ苦しみを味わわせない社会をつくる責務が、私たちにはある。(玉城淳)