南風原町の子ども平和学習交流事業の児童8人が23日、沖縄陸軍病院南風原壕群に地元集落からおにぎりを運ぶ「飯上げ」を追体験した。一斗だるをつり下げた天秤棒(てんびんぼう)が肩に食い込む中、命を懸けて食糧を運んだ苦労を学んだ。

地元集落から負傷兵らのいた病院壕へ食糧を運んだ「飯上げ」を追体験する小学生=23日、南風原町喜屋武

 「飯上げの道」は、おにぎりを作った喜屋武集落と病院壕を結ぶ400メートルほどの山道で、重さ13キロほどのおにぎりを運んだ。この日は150メートルほど、重さ8キロで実施。戦況の悪化でテニスボールほどのおにぎりはピンポン球ほどに、そして1日1度に変わっていった。

 翔南小6年長澤音波さんは「棒が坂道で揺れて肩が痛かった。沖縄戦当時だったら飯上げが嫌でも強制されたはず」と想像した。北丘小6年の中村敏輝君は「正直重いけど、本当はこれ以上に重いものを持っていたんだ。戦争中でも運んでいたなんて大変」と話した。