毎年旧暦の5月4日、糸満漁港内で行われる糸満ハーレー。熱い闘いを盛り上げるのが「ハーレー歌」だ。約600年の伝統があり、ウミンチュが安全や大漁への祈りを込め、口伝で伝えてきた。だが、近年は漁業人口の減少で継承が課題に。市内で音楽教室を営む喜納健仁さんと留美子さん夫妻は、伝統の歌を子どもたちに伝えようと取り組む。(社会部・宮城一影)

ハーレー歌に合わせてこぶしを突き上げる園児=6日、糸満市・ときわ保育園

「各家庭でハーレー歌を継承してほしい」と願う喜納健仁さん(左)と留美子さん夫妻=11日、森の音楽館

ハーレー歌に合わせてこぶしを突き上げる園児=6日、糸満市・ときわ保育園 「各家庭でハーレー歌を継承してほしい」と願う喜納健仁さん(左)と留美子さん夫妻=11日、森の音楽館

 6日、糸満市内の保育園。鮮やかなハーレー衣装に身を包んだ園児たちがエーク(櫂)を手に、元気な歌声を響かせた。ピアノで伴奏したのは喜納留美子さんだ。

 「首里御天加那志百々十までぃ(エイヤ)末までぃヨー サー ヘンサー ヘンサーヨ サー御万人ぬ間切ヨ サー拝でぃしでぃーら サー ヘンサー ヘンサーヨ」(首里城にいらっしゃる王様の世は千年も万年も続いていただき そのことを我々国民もお祈りしましょう)

 金城ことはちゃん(5)は「『ヘンサーヨ』のところが歌ってておもしろい」と笑顔を見せた。

 ハヤシで使われる「ヘンサー」はハヤブサのことだ。ハーレー舟の力強いこぎ方をハヤブサの羽ばたきに例えた。健仁さんは「子どもたちはメロディーとともに言葉を覚える。将来、歌詞の意味を自分で調べ、言葉への興味を広げてほしい」と期待する。

 健仁さんは東京の音楽大学を卒業、沖縄に戻ってオペラ歌手や声楽指導者として活動。夫妻で音楽教室を始めて30年になる。ハーレー歌継承に関わり始めたのは9年前。第2回「糸満ハーレー歌大会」の審査員を務めたのがきっかけだ。

 当時は、参加者が一桁のことも。大会の寂しさとは裏腹に、健仁さんはハーレー歌の魅力にひかれた。「顔に乗いしきる 飛び鳥うか速く 雲に橋架きる 里が御舟」(顔に乗ってくる 飛ぶ鳥より速く 雲に橋架ける あの人の御舟よ)。「凝縮された情感にとても引かれた」。

 歌はメロディーは同じだが歌詞が異なる。神に奉納する「御願バーレーの歌」や士気を上げる「上い勝負(上いバーレー)の歌」のほか、独自の村歌や花歌が数多く残る。

 伝統文化の危機に、夫妻で小学校や保育園で指導を始めた。以来、音楽教室や学校で指導を続ける。歌いやすいハヤシを最初に教え、子どもたちの好奇心を刺激する。地道な活動に手応えも感じている。大会は幼児、児童生徒部門が設けられ、多くの子どもたちが歌声を披露する。立ち見が出る盛況だ。

 留美子さんは「ハーレー歌は、モーツァルトより昔の時代から伝えられてきた。今後も残していきたいじゃないですか」と意気込む。糸満市内の各家庭でハーレー歌が歌い継がれていくことを夫妻で願う。