沖縄空手

偉大な祖父の背中追う 医と武、二つの道を行く

2017年7月23日 19:34

【連載・空手と私】神谷仁さん(かみや母と子のクリニック院長)

 剛柔流の開祖、宮城長順氏(1888~1953年)の高弟の一人、神谷仁清(じんせい)氏(1894~1964年)。糸満で小児科・産婦人科医などでも名をはせた仁清氏と同じく、孫の神谷仁(まさし)さん(58)も、「かみや母と子のクリニック」で産婦人科医をしながら空手に汗を流す。幼少時に仁清氏が亡くなったためほとんど記憶はないが、祖父に関する周囲の評判を聞くたびに尊敬の念を強くする。現在3段。「僕は祖父ほど空手で大成できないけど、背伸びせず、体が動く限りは続けていきたい」と、文武両道を極めた祖父の背中を追う。(運動部・當山学)

型の稽古で汗を流す神谷仁さん=糸満市・松林流空手道連盟興道館西崎道場(當山学撮影)

新生児を抱く神谷仁さん=糸満市阿波根・かみや母と子のクリニック

稽古に励む神谷仁清氏=1947年(提供)

宮城長順氏(前列中央)と写真に納まる神谷仁清氏(同右から3人目)=1932年(提供)

型の稽古で汗を流す神谷仁さん=糸満市・松林流空手道連盟興道館西崎道場(當山学撮影) 新生児を抱く神谷仁さん=糸満市阿波根・かみや母と子のクリニック 稽古に励む神谷仁清氏=1947年(提供) 宮城長順氏(前列中央)と写真に納まる神谷仁清氏(同右から3人目)=1932年(提供)

 仁さんの友人で沖縄大学地域研究所研究員の賀数淳氏によると、仁清氏は1928(昭和3)年に宮城氏に師事。41年、県が組織した空手道専門委員会の委員として、宮城氏らとともに普及形1・2を公認した。古武道も学び、さらに琉球古典音楽で野村流師範の資格を持つなど多才。戦後は武道や芸能の復興に努めた。

 仁清氏が亡くなった当時5歳だった仁さんは空手を教わっておらず、サッカー少年だった。「おやじは祖父にサンチンで背中をバンバンたたかれたり、厳しい稽古を受けていたようだったけど」と笑う。空手を始めたのは独協医科大学に入学後。祖父と同じ剛柔流で6年間みっちり鍛えた。卒業後に沖縄に戻り、20年前に開業。医療法人名の「仁清会」は、祖父への敬意の表れだ。

 いったん空手から離れていたが、現在県空手道連盟副理事長を務める賀数氏が糸満市内に道場を開いた14年前、子ども2人と一緒に再び始めた。既に40歳を過ぎていた。「体が昔みたいに動かなくて、毎日はなかなかできない」。職業柄、空手に費やせる時間は少なく、週2回の稽古中にも仕事の呼び出しが頻繁にある。それでも道場仲間との交流を楽しみながら、自身の健康のためにと地道に続けている。

 賀数氏は松林流。祖父とは流派は異なるが、「沖縄の伝統。後で『やっておけばよかった』と後悔したくない」と、流派にはこだわらない。「誰かに見せるものでもなく、祖父と同じことをやっているという満足感」を得ながら、偉大な祖父に一歩ずつ近づこうとしている。

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