1935沖縄 よみがえる古里

【知念賢榮さん】古謝の近代化をけん引 「志を忘れない」

2017年7月29日 19:35

 大阪朝日新聞の取材班が1935年に撮影した写真群の中に古謝集落4代目区長の知念賢榮さん(生没年不詳)が写る1枚がある。「古謝誌」(99年刊行)では、知念さんを「古謝の近代化に貢献した」と紹介している。知念さんを知る比屋根朝栄さん(90)=沖縄市古謝=は「古謝の歴史の中でも重要な人。その志は絶対に忘れてはいけない」と力を込める。

1935年4月に改築されたばかりの「美栄泉(ミーガー)」と知念賢榮さん(右)。一緒に写っているのは美東尋常高等小学校の宮里信栄教諭。戦後、同校の校長も務めた。ミーガーは野菜を洗ったり、洗濯をしたりする場所だった。比屋根朝栄さんによると、知念さんの指示でコンクリートを使って改築したという。県生コンクリート工業組合の仲田康司専務理事は「当時、沖縄ではコンクリートは製造されておらず、県外から資材を運んでおり、高価なものだった。経済力がある集落だったことがうかがえる」と話した(写真は朝日新聞社提供)

82年前と変わらずに残る美栄泉=7月10日、沖縄市古謝

1935年4月に改築されたばかりの「美栄泉(ミーガー)」と知念賢榮さん(右)。一緒に写っているのは美東尋常高等小学校の宮里信栄教諭。戦後、同校の校長も務めた。ミーガーは野菜を洗ったり、洗濯をしたりする場所だった。比屋根朝栄さんによると、知念さんの指示でコンクリートを使って改築したという。県生コンクリート工業組合の仲田康司専務理事は「当時、沖縄ではコンクリートは製造されておらず、県外から資材を運んでおり、高価なものだった。経済力がある集落だったことがうかがえる」と話した(写真は朝日新聞社提供) 82年前と変わらずに残る美栄泉=7月10日、沖縄市古謝

 比屋根さんによると、知念さんはよく那覇へ出向き、砂糖を扱う業者や県職員と情報交換をしていた。

 隣集落の旧美里村大里出身で、県糖業課長だった桑江良喜さんとは、特に親交が深かった。比屋根さんは「最新の圧搾機購入や牛馬のふんを使った有機肥料の常備は桑江さんが助言し、知念さんの指導力の下で実行できた」と話す。

 戦前の農業に詳しい沖縄国際大学名誉教授(農業経済学)の来間泰男さんは「サトウキビの収穫量を増やしたい県と糖業で発展したい古謝の思惑が一致した」とみている。

 来間さんは「協力的な古謝を模範とし、同様の取り組みを他地域にも広げようとしたのではないか」と説明する。

 写真で知念さんの後ろに見えるのは住民の生活を支えた「美栄泉(ミーガー)」。知念さんたちが中心となって、同年4月にコンクリート製屋根を付けるなどの改修をした。比屋根さんによると、知念さんは60年代に70代前半で亡くなったという。

 10年ほど前までは農業用水として使われていたミーガーだが、今は訪れる人はほとんどいない。改築委員メンバーの一人として、82年前に刻まれた「知念賢榮」の名前がコンクリートの壁面に残っている。(「1935沖縄」取材班・比嘉太一)

 掲載写真についての情報や、戦前の写真をお持ちの方は連絡をお寄せください。電話098(860)3553、メールokinawa1935@okinawatimes.co.jp

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