沖縄空手

【週刊沖縄空手】技や型の動き、論理追求 謙虚さと「温故知新」の精神

2017年8月6日 10:56

島派松林流空手連合会師範 大城利弘氏(68)

 約40年前、米国に拠点を移し、空手の普及に努める島派松林流空手連合会師範の大城利弘氏(68)。空手に関する文献や昔の写真資料などを独自に研究し、技や型の論理を追求する。その原点は師から伝えられた「何からも、誰からでも学びなさい」との言葉。謙虚さと「温故知新」の精神で腕に磨きを掛けてきた。そんな大城氏の指導は多くの空手家たちを惹きつけてやまない。このほど県内で開いた合宿には米国や欧州など世界各国から100人以上の門弟らが結集した。(政経部・島袋晋作)

技や型の動きについて語る大城利弘氏=7月26日、那覇市・県立武道館

型の稽古で汗を流す大城利弘氏=7月26日、那覇市・県立武道館(喜屋武綾菜撮影)

琉球武術研究同友会のサマーキャンプで指導する大城利弘氏(右)=那覇市・県立武道館

技や型の動きについて語る大城利弘氏=7月26日、那覇市・県立武道館 型の稽古で汗を流す大城利弘氏=7月26日、那覇市・県立武道館(喜屋武綾菜撮影) 琉球武術研究同友会のサマーキャンプで指導する大城利弘氏(右)=那覇市・県立武道館

 旧羽地村(現名護市)出身。子どもの頃から武道に興味があり、進学した沖縄水産高校時代に本格的に空手を始めた。

■指導に疑問

 クラスメートの紹介で当時、那覇市の神里原にあった松林流の支部道場の門をたたき、島正雄氏に師事した。島氏は「物事は一方的に見てはいけない。いいと思えるところは誰からでも学び、何からでも学びなさい」と説いたという。

 大城氏は島道場に通いながら、別の指導者にも教えを仰ぐなどして精進に励んだ。棒術にも興味を持ち、山根流棒術師範の喜舎場朝義氏の下でも学んだ。

 松林流開祖の長嶺将真氏の本部道場でも汗を流した。ただ、型や技を体得するにつれ、体の使い方に疑問が芽生えた。「なぜこう動くのか」「相手に隙を与えてしまわないか」-。しかし、「当時は黙ってやりなさいという指導だった」。もやもやとした日々を送る中、転機が訪れる。

■本から学び

 1978年、米国カリフォルニアの道場で指導者が必要とされていると聞き、名乗りを上げた。

 「ブルース・リーの影響がまだ残っていて、1カ月に10人以上が入門してきた時代だった」というが、これまで沖縄で見てきた「黙ってやりなさい」が通用しない国柄だった。

 なぜこういう動きをするのか、自身が抱いていたような疑問を米国人は率直にぶつけてきた。「分からせてあげなければ他の道場に移ってしまう」

 仲宗根源和氏の「空手道大観」や本部朝基氏が型のナイファンチを披露する写真をはじめ、武術や武道に関するあらゆる資料を読みあさった。

 ある書籍には「直ちに動ける体勢を取るべし」とあった。「バランスのいい」体勢は逆に不利であり、「アンバランスでなければならない」ことを学んだ。

 当時、米国の空手専門誌の記者から「空手がうまくなるための秘訣(ひけつ)」を問われ、「本を読みなさい」と答え、あぜんとさせたことがある。大城氏は「本から学ぶことは多い。今やっている空手のどこがおかしいか、分からなくなってしまう」と意義を語る。

■「伝統とは」

 過去を知るほど、時代とともに動きや型が変化してきていることを痛感した。 国を治める上で武力が必要だった頃とは異なるし、生活様式も変わった。その過程で本来の「武術的」な要素がそがれ、先の動きが読めてしまう「体育的」な空手に変わってしまったと見る。

 たとえ、尊敬する師から習った型や動きであっても、それをそのまま引き継いでいくことが正しいのか。実はその師匠がかつての伝統を変えたとも考えられ、「伝統とは何なのか、掘り下げて考えなければならない」と強調する。

 長年の研究を経て、改良を重ねた結果、自身の空手は珍しく見られることも少なくはない。このまま海外や本土で指導を続けるより、今こそ沖縄の若者に伝えたいと思う。

 「言われるがままではなく、自分で考えほしい。先生の教えも大事だが、それを自らそしゃくしてほしい」。そう語る本人も「日々勉強中」と厳しい。数年後には拠点を沖縄に移そうと考えている。

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