「村民はチャイナ・ボーセイの兵士および、労働者を恐れて、誰も集積場には近寄らなかった」。1948年、本部警察署長は報告書に記した。チャイナ・ボーセイと呼ばれた国民党軍は、集積地域から、トラックに弾薬を満載し、港まで走り抜け、人々を恐れさせた。