沖縄を拠点にテレビやラジオで活躍するベンビー(オリジン・コーポレーション所属)が、1月27日に那覇市内で行われたライブで、この4月から活動の拠点を東京に移すことを突如発表した。2023年3月には肩書を「芸人(役者)」から「役者(芸人)」にシフトして、役者を活動のメインに据えたベンビー。もともと演技が好きで、映画やドラマに出演するうちに役者として活動したいとの思いを強めていったという。49歳で、23年間芸を磨いた故郷・沖縄を離れ、東京で心機一転、勝負を挑むのにはどんな思いや背景があったのかー。キーワードは「世界のベンビー」だ。(フリーライター・長濱良起)

けちょんけちょんに言われて…

 お笑いの世界に入った26歳の頃から「最低限、全国で売れる」という野心があったというベンビー。見た目や芸風が奇抜なタイプではないため、ライバルの多い東京では「埋もれてしまう」と判断し、先に沖縄で人気や知名度を付けた方が全国で売れる近道なのでは、と考えていたという。

 50歳を目前に、東京へと拠点を移すことを決断した大きな転機は、2023年8月に沖縄で開催された演劇ワークショップに参加したことだった。米ハリウッドで長年経験を積み、東京の第一線で活躍する講師から演劇指導を受けた。

 「けちょんけちょんに言われました。もともと演技力に自信はあったし、沖縄で役者として活動した分の(スキルの)貯金でどうにかなると思っていたんですけど、参加者の大半が中高生という中でなかなかのけちょんけちょんで。これは沖縄を出てやるしかないと決心しました」

 さらにこの頃、心情面にも変化が訪れた。「これまで人生が順風満帆だったので経験に乏しく、さまざまな人物を演じる役者をするには自身の内面が薄いのでは思っていました。ただ、公私共につらいことを経験し、やっと少しは人間として厚みが出てきたのかなというタイミングと重なりました」

 テレビドラマ『フェンス』(2023年、WOWOW)では、米軍基地で働く通訳の役を英語を駆使して好演した。東京でドラマや映画など映像作品に出演し、ゆくゆくは監督としてメガホンを取りたいとも考えている。

 「東京にいながら世界にも発信できるように。海外との2拠点生活も良いですよね。最終的には『世界のベンビー』を目指していきます」と、その表情は晴れやかだ。

監督兼主演を務めたQABのドラマ「波間の女」の撮影風景=2019年(本人提供)
監督兼主演を務めたQABのドラマ「波間の女」の撮影風景=2019年(本人提供)

沖縄的なものはにじみ出る

 あくまで役者としてではあるが、お笑いの活動も続けていくという。

 「東京に行っても芸人を続けたい。新たな気持ちでお笑いができますよね。いろんな舞台で同じネタをやってみてブラッシュアップできたり、もしかしたら急に相方ができたりすることがあるかもしれない。役者か芸人、どちらか一つに絞るわけではなく、やること自体は大きくは変わりません」

 まずは行動してから、指針を定める戦法だ。東京で人脈を積極的に広げつつ演技の腕を磨き、オーディションなどに挑んでいく。

 ベンビーと言えば、沖縄にいそうな面白キャラクターを前面に出した、沖縄色の強いネタのイメージが強い。「ウチナーグチを交えながら沖縄のキャラクターを演じていたのは、沖縄の人を笑わすため。実は、必ずしも沖縄色を出そうと思ってやっていたわけ訳ではないんですよ。沖縄的なものはどうせ自分からにじみ出るというか。考え方にも生き方にも」。また違った心持ちで東京の舞台に立つ。

O-1グランプリで強烈なキャラを演じるベンビー=2016年(本人提供)
O-1グランプリで強烈なキャラを演じるベンビー=2016年(本人提供)

「50歳は遅いという感覚ない」

 49歳。立派なアラフィフでの「東京で売れる」という挑戦は、見る人によっては非現実的に映るかもしれない。そんな声もとっくに織り込み済みだ。

 「昔から、若くして売れて短い期間でフェードアウトするより、60歳前後で売れて長期間活躍できた方がいいな、と考えていたんです。『50歳は遅い』という感覚がほぼ全くなくて」

 そんな「人生時間感覚」を形作った一つは、経営者であり、アクティブな父の背中を見てきたから。

 「父は20代で独立して、40代でガッと落ち込んでしまった。それでも、ずっと『俺は将来5千億円稼ぐからよ』みたいなこと、ずっと言ってるんですよ(笑)。 なんで5千億円なのかは分からないんですけど。それで30年ぐらい潜っているような状態だったんですが、70歳を過ぎたここ数年で急上昇を遂げました。チャレンジャー的な考え方は、父の影響がとても強いと思います」

 とはいえ、23年も重ねたキャリアを沖縄に置いていくことに、未練のようなものはなかったのか。ベンビーの答えは「ないわけよ」。

 「人生動けば何とかなる。『動き出したら、その道がもう正解だ』というのが、生き方としてずっとあります。自分の中のわくわくメーターが振り切ったら動いています。(何かを辞めるにしても、心や時間の余裕を)空ければ何かが入ってくるし、空けないと入ってこない。『ふらーあらに?(ばかじゃないの?)』って言う人もいると思うんですけど。ちょっとかっこいいことを言うと『魂が(今も昔も)ずっと変わっていない』んですよ。最初は笑われるぐらいがちょうどいい」

O-1グランプリ2012の優勝トロフィーを手に、沖縄での芸能生活を振り返るベンビー=1月9日、那覇市のオリジン・コーポレーション
O-1グランプリ2012の優勝トロフィーを手に、沖縄での芸能生活を振り返るベンビー=1月9日、那覇市のオリジン・コーポレーション

ベンビー流の揺らがない信念

 今さらではあるが、ベンビーの芸名の由来は何なのだろうか。改めて聞いてみた。

 「ベンビーっていうのは、小学生時代のあだ名なんですよ。中学校から私立に行って小学校の同級生に会うことがなくなったので『ベンビー』というあだ名を芸名にしたら、小学生時代の友達も『お、ベンビーだ』ってなってくれるんじゃないかな、と思って」

 芸人を始めた当初から、有名になって、家族や親戚、友人たちに自分のことを自慢してほしい、という気持ちが大きかった。それは今も変わらない。「東京で自分が有名になることで、沖縄で応援してきてくれた皆さんに自慢してほしい。皆さんが大きな顔をできるように頑張ります」

 ベンビーにはもう一つ、確固たるものがある。「偉そうに聞こえるとは思うんですけど、全国で売れるっていう自信がずっとあって」。言葉を続ける。「それが揺らいだことが一度もないんですよ」