高崎園子・社会部

アルコール依存症の早期治療につなげようと内科医に働きかける村吉政秀さん(右)=2011年、那覇市内
アルコール依存症の早期治療につなげようと内科医に働きかける村吉政秀さん(右)=2011年、那覇市内

 突然の訃報だった。
 昨年10月、依存症当事者で、アルコール問題の啓発活動に尽力した村吉政秀さんが亡くなった。享年61。早すぎる死だ。
 気さくな人柄で、依存症関係の取材では真っ先に相談する人だった。こちらの依頼にいつも快く応じてくれ、本当にお世話になった。
 今も、村吉さんの死が信じられず、ふとした瞬間に柔和な笑顔を思い出す。

 村吉さんとは2010年、長期連載「依存症 回復への扉」の取材をしていた時、自助グループ「県断酒連合会」(現県断酒会)のメンバーの一人として出会った。
 連載後、疎遠になってしまった取材相手もいるが、村吉さんは継続して啓発活動に熱心に取り組んでおり、取材でお付き合いが続いた。
 ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)のグループ団体「一般社団法人おきなわASK」を立ち上げ、県警の飲酒運転根絶アドバイザーなどを務めた。
 内科的な症状が出た依存症疑いのある人をできるだけ早く専門治療につなげる「早期介入」にも力を注いだ。
 個別に、依存症者や家族の支援にも当たっていた。仕事も忙しかったはずだが、いつも人のために駆け回っていた姿を覚えている。
  幾人もの仲間の死に立ち会い、「何人見送ったか分からない」と話していた。 「早く治療を始めれば、大切なものを失わずにすむ」。多くの仲間を失った無念さが、村吉さんを活動に駆り立てたのだろう。...