【29杯目】スタンダードなそばと、店主の人柄でしめる…「味処 信」

 さっきの男性もそばじょーぐー認定の賞状に手をかけようとしている…、そんな危機感を抱きつつ、ついに最後の1杯となる29杯目の店へ。焦る私と「もうこれで最後の1杯だからどうなってもいいじゃないか」と悟りを開いた私が心に同居する。悟ったほうの私の気持ちが勝り、とても静かな気分で、ここ数日のそばラッシュを思い出していた。

いよいよラストのお店「味処 信」

 1杯食べて次の店へ急ぐ日もあれば、そばじゃないものを食べたいと思う日もあった。それなのに1日食べない日があると「こんなにおいしい食べ物だっけか?」と体中から歓喜の声がきこえる日もあった。そんな、沖縄そばを29杯食べ歩く生活も、いよいよ今日で終幕となる。これから一生食べられなくなる訳でもないのに、何でこんなに感慨深くなるのだろう…。夕暮れ時の空の色も手伝ってセンチメンタルな気分になる。

 16杯目で訪ねた亜砂呂(あすなろ)の向かいに店舗を構える最後の店「味処 信(ノブ)」の前に立つ。外からのぞくと、開店時刻を過ぎたばかりだからだろうか、お客さんはいない。ドアに手をかけようとすると、準備中の札がかかっている。カウンターに座り、新聞を読む店主さんと思われる男性の後ろ姿が目に入ったので、緊張しつつ店内に入った。私が入ると同時に店主さんは振り向き、「今日貸し切りなんだよね」と一言。

 「ええっ。ダメってこと? 最後だよ、今日を逃すとこの時間帯、しばらく来られないんだけど…」。心の中で不安が広がっていく。小さな声で切り出す。「あの、そばのスタンプラリーでそばを食べたいんですけど、だめですか?」。

 私の質問に怪訝(けげん)そうな顔をして店主さんは「えー、そば?もうすぐお客さんが来るんだよね」と答える。マジかーと落胆しかけるも、ラストにもう一度だけ弱めの駄々をこねて粘ってみる。「あの…、ここがおいしいと友達から聞いていて、だから最後の1杯に選んだんです(本当だよ)。だから、29杯目なので、お客さん来るまでに食べ終えますから」。店主さんは「ここが最後の1杯」「おいしいと聞いていて」の言葉が気に入ったようで、「どうしようかな、そばねー」と先ほどの怪訝そうな雰囲気から変化が見るからに感じられた。これはいけるかもしれない、そう思った時に「そんなに言うなら作ろうか♪」と、にかっと笑って立ち上がった。

話し好きで味のある店主さん

 厨房(ちゅうぼう)へ向かう前に、「カウンターの奥にスタンプあるから、押しておいてね」と自分でスタンプを押すように言われる。「最後なのに押してもらえないのか…」と思いつつも、「最後だから自分で押すのもありだな♪」と瞬時に気持ちが切り替わる。われながらポジティブだなと感心。しかし、私の中のルールでは「食べる前に押さない」が掟(おきて)なので、押さずにおく。

 「これが最後の1杯」という思いが何度も浮かんでくる。貸し切り状態の店内で、テレビを見ながらそばを待っていると、観光客らしき人がドアを開ける。すぐさま店主さんは厨房から出てきて、貸し切りだからと断った。とりあえず、最後の1杯を食べることを許されたことに感謝しかなかった。

シンプルな沖縄そば。コーレーグースも初体験です

 「はい、そばだよ」と店主さんがうれしそうに運んできた最後の1杯は、スタンダードな沖縄そば。ほっとしてしばらくおわんの中をのぞき込む。「出汁はなんですか?」と質問すると、うれしそうな表情で「何だと思う? すぐわかるから、飲んでごらん」と言う。言われるがまま、飲もうとしたところを制止されて「コーレーグース(とうがらしを泡盛に漬け込んだ調味料)入れると味が変わるから、入れてごらん」。

  ええっ…まだ一口も飲んでないよ?と心の中で焦る私をよそに、「早く入れてごらん」と子どものような無邪気な声で急かしてくる。「この人を悲しませてはならない!」と初対面なのに変な正義感と責任感がコーレーグースを手に取らせた。ちなみに私は辛いものが苦手だし、コーレーグースは生まれて一度も使ったこともない。

 少しだけのつもりが結構な量が入って、びっくりする私には気付かず、「はい、早く飲んでごらん、飲んでごらん」とまた無邪気に言ってくる。この人にはかなわないぞ、と「私<店主さん」の構図に素直に従った私はようやく一口(辛かったらどうしよう…と思いつつ)飲んだ。コーレーグースのおかげか味がしまっていて、29杯目、もとい人生初めてコーレーグースの力に納得する。

 しかし、コーレーグースさんのおかげで、出汁の味がうまく判別できないのでもう一度尋ねると、「豚骨と鶏がらとかつお出汁さー」と笑顔で教えてくれた。味の染みた三枚肉はとても好みの味で、かまぼこ、紅ショウガにネギのいつものメンバーも、最後の1杯と思うと特別に見えるのが不思議だ。

ごちそうさま!29杯完食です。

 店主さんに見守られつつ、ゆっくりと食べる。「29杯も食べたわけ?」とそんな私を見て笑っている。そうこうしている間に、貸し切りの予約をしていたおねいさん3人組がやってきた。店の人と間違えられつつも、急いで食べる。私がスープをすべて飲み干すのを見届けて、店主さんは会計をしながら私には「スタンプ、自分で押してごらん」、おねいさんたちには「この子、沖縄そば29杯食べたってよー」と笑いながら話しかける。

 おねいさんたち3人に見つめられ恥ずかしくなり、注目をそらそうとゆっくる新聞を広げた。「どこがおいしかったですか?」「そんなにたくさん食べたのすごい」「小麦食べすぎるとアレルギー出ますよね」とか反応もいろいろ。そしてやり遂げた私を初対面にもかかわらず、拍手で送り出してくれた。店主さんも厨房から出てきてにこにこ見守る中、私は29店目の味処信の扉を開き、店の外に立った。

〈筆者・たまきのそばデータ〉
・店名:味処 信(那覇市松尾2-9-7、電話080-1545-9021)
・メニュー:沖縄そば400円(2軒はしごして、たまきのおなかはもう限界まできていたが、これが最後の1杯という不思議なアドレナリンが出て、おいしく完食できた。空腹臨戦モードなら2杯はいけるサイズ)
・雰囲気:こぢんまりとしていて、アットホームな店内。5時から営業の居酒屋なので時間に注意。おひとりさまが苦手な方や、ひとみしりさんには少しハードルが高いかもしれないが、店主さんとのやりとりも含めてこの空間をひとりでぜひ経験してみてほしいというのが私の願いです。