【石川達也通信員】ブラジル小禄田原字人会(与儀昭雄会長)は8月27日、移民100周年記念式典をサンパウロ市内で盛大に開き、沖縄やハワイからの慶祝団50人余を含めて、約1200人のウルクンチュが一堂に会した。1年がかりで準備された式典では、一世紀の移民史を描く歌舞劇が披露され、戦火や抑圧などの筆舌しがたい苦難を乗り越え、力強く人生を歩んできた先人の姿に、涙を流す来場者が後を絶たなかった。参加者は次の200周年に向けて絆を強めた。

参加者全員でカチャーシーを踊り盛り上がったフィナーレ=ブラジル・サンパウロ市内

 小禄字と田原字は旧小禄村の一部で、現在の那覇市に位置。同字人の移民は1917年の20家族39人に始まり、太平洋戦争で沖縄が激戦地と化したことも後押しし、戦前戦後合わせて約千人がブラジルへ渡った。現在、その子孫を含めると約5千人に上る。

 追悼慰霊法要の後、記念式典に移った。与儀会長は同字人の移住史を振り返り「多くの苦難と失望にもかかわらず、先駆者は大きな決意、忍耐力、自尊心で困難を克服し、今日の社会の強固な基盤を築き上げた」と感謝の意を示した。

 その上で「ウルク・タバルンチュの移民が持ってきた習慣を引き継ぎ、ゆいまーるといちゃりばちょーでーの精神で一生懸命社会に貢献する義務がある」とした。

 式典では照屋武吉副会長、上原テリオ実行委員長はじめ、来賓の両字自治会の代表者らが祝辞を述べた。

 「島の情き〜心繋(つな)ぎ100周年」をテーマに、盛大に行われた芸能祭では約300人が出演した。琉球王朝時代から同字人の一世紀に及ぶ移民史、未来に込めた力強いメッセージが、次世代を担う若い世代を中心に壮大な歌舞劇で描かれた。

 中でも、移民船に乗り込む際の家族との別れを演じた「ハワイ節」や、過酷な一日の労働を終えて満月に照らされ故郷を思い涙した「汗水節」など、迫真の演技の数々に万雷の拍手が巻き起こった。

 上原初江さん(65)は「両親が『戦争がまた起こったら大変。こんな思いを子供には絶対にさせたくない』との思いで、5歳のときに移住した。フィリピン戦線で戦った父は、革靴を水に漬けて食べたこともあったと言っていた。そんな苦労を思うと涙が止まらなくて」としみじみと語り、「今、平和に生きていられることに感謝している」と感慨深げだった。