元沖縄調理師専門学校校長で、沖縄の食文化研究家の安次富順子さん(73)がこのほど、「琉球菓子」(沖縄タイムス社)を出版した。「王朝菓子」41品、「庶民のお菓子」10品、計51品の作り方や特徴、由来についてまとめた。中国、日本、ポルトガルなどの影響を受けた菓子は色鮮やかで、形もバラエティーに富む。王朝菓子の作り方を記した文献がないため、材料や分量などの限られた情報から、安次富さんが職人に教わったり、首里のお年寄りに食べてもらったりして試作を重ね、再現した。(学芸部・高崎園子)

色鮮やかな51品をフルカラーで紹介した「琉球菓子」

お手製の花ぼうる(手前左)や鶏卵糕(奥)を前に笑顔を見せる安次富順子さん=那覇市首里の自宅

色鮮やかな51品をフルカラーで紹介した「琉球菓子」  お手製の花ぼうる(手前左)や鶏卵糕(奥)を前に笑顔を見せる安次富順子さん=那覇市首里の自宅

◆王朝の味、聞き取り再現

 本紙で連載した「むかし菓子話」(2002年)や広告連載の「沖縄のおかし」(04年)をベースに加筆した。

 王朝菓子に関する文献はわずかで、安次富さんの調べで、八つの文献から161の菓子名が分かった。ただ、菓子の材料などが記されているのは「与那城御殿御菓子并万例集(よなぐすくうどぅんおかしならびによろずためしちょう)」だけ。作り方はない。安次富さんは、材料や分量、熱源(炭や薪など)から焼き菓子か蒸し菓子かなど推測して、首里のお年寄りに聞き取りしたり、食べてもらったりして試行錯誤を重ねた。

 琉球菓子の研究を始めるきっかけになり、再現する大きな力となったのが、琉球王朝の包丁人、新垣淑規(しゅっき)さんの子孫で、新垣菓子店の創業者、新垣淑扶(しゅくふ)さん(故人)。 安次富さんは22歳の頃、母で琉球料理研究家の新島正子さん(故人)の料理学校に講師として来ていた淑扶さんから直接「花ぼうる」など8品の作り方を教わった。

 王朝菓子は材料が同じだが、形や色の付け方で違う菓子になるものが多い。例えば桃の形をした祭祀(さいし)用の焼き菓子「里桃餅(リトウペン)」は千寿糕(せんじゅこう)などと材料、分量が同じだが、形が全く違う。「淑扶さんから教わっていなければ、文献の情報だけで再現するのは難しかっただろう」と話す。

◆「記録を残しなさい」

 著書では「与那城−」に記載のある菓子を「王朝菓子」、出自が分からず、一般的に食べられていたものを「庶民のお菓子」とした。

 王朝菓子の中には「きんそ糕(チンスコウ)」「きんへん(チンビン)」など、今もよく食べられている菓子もある一方、冊封使の歓待の席で出されたものでも「与那城−」以外に記録がなく、食べたことがある人もいない「芋粉餅(いもこもち)」など“幻の菓子”も。

 琉球菓子はすべて卵黄だけで作っていたといわれ、卵を使った菓子は固く、歯応えがあるのが特徴だという。

 淑扶さんに「記録を残しなさい」と口酸っぱく言われたという安次富さん。本には花ぼうるの独特の切り方の図解も収めた。

 「琉球菓子は沖縄のすばらしい文化だが、資料がほとんどなく、今も残っている菓子はわずか。掘り起こし、残すことで、定着していけばうれしい」と安次富さん。

 特に思い出深い菓子は? の質問に「花ぼうるは淑扶さんに教わった印象深いお菓子。鶏卵糕(ちーるんこう)は周りに好きな人が多くて、人生で一番たくさん作ったお菓子」と笑顔で答えた。

琉球菓子
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