戦後、米軍属として沖縄の基地で働いていたフィリピン人男性と結婚して移住し、現在フィリピン北部のバギオに暮らす外間貞子さん(86)=与那原町出身=が約60年ぶりにビデオレターで家族と再会を果たした。同町に住む姉の雲井ツルさん(99)が6日、「お元気ですか」と片言の日本語で問い掛ける貞子さんの映像を見て「懐かしいさ。年をとったねえ」と目を細めた。(中部報道部・赤嶺由紀子)

約60年前にフィリピンに渡って以来、会っていない家族に「元気ですか」と片言の日本語でメッセージを送る外間貞子さん=3月、フィリピン北部バギオ(下地准教授提供)

 戦後、米軍基地で働くフィリピン人と結婚し移住した沖縄女性たちの研究や家族調査を手掛ける名桜大学人間健康学部の下地紀靖准教授と沖縄フィリピン協会(沖縄市中央)の石原イカリ副会長らが橋渡しした。3月にバギオで貞子さんに面談し、姉弟への伝言を託された。戸籍を元に調査し、10月1日にツルさんの所在を探し当てた。

 下地准教授らによると、貞子さんは戦後、軍作業の物品補修の仕事に携わっていた。当時、米軍のオペレーターとして働いていた夫と知り合い1958年に結婚。その後、夫と長男と共にフィリピンへ移住。夫は米軍の通信員として働いていたが、生活は楽ではなく、子どもの教育のために貞子さんも野菜の行商をするなどして生計を立てた。75年に夫と死別後、長女とバギオ郊外で暮らす。

 貞子さんは沖縄に帰りたいと思っていたが、経済的理由などでかなわずにいた。現在は日本語をほとんど話すことができず、簡単な英語と地元のイロカノ語を使うという。

 異国の地に移住した貞子さんの元気な様子の映像に、ツルさんは笑顔で手を振り返しながら「元気ですよー。年をとったね。私も年をとったけど」と感慨深げ。「どこにいても元気でいてさえくれればいい」と、遠く離れて暮らす妹を気遣った。

 ツルさんの娘で五女の諸見田末子さん(60)、六女の真座順子さん(58)も、孫の佑二さん(25)らと一緒に映像を見つめ「笑い方も似ている。母はずっと気になっていたようです」と話した。

 下地准教授はツルさんのメッセージも撮影。15日以降、貞子さんに届ける予定だ。「戦後の混乱期、結婚で移住した沖縄の女性たちがたくましく生きてきた歴史の記録・検証は重要。出稼ぎの移民とは違い、個として移動し、どうやって定着していったかの記録を残していきたい」と話した。

 フィリピン移住の情報なども募っている。問い合わせは名桜大人間健康学部看護学科、電話0980(51)1221。

基地で働く―軍作業員の戦後
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