2017年8月12日。桜坂劇場の前にできた、その終わりが見えない大行列を、私は一生忘れないだろう。沖縄の方々に、どうご覧いただけるのか不安だっただけに、信じられない光景だった。ある人が私に声をかけてくれた。

瀬長亀次郎を題材にした思いなどを語る佐古忠彦監督=那覇市・桜坂劇場

映画「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」のポスター

瀬長亀次郎を題材にした思いなどを語る佐古忠彦監督=那覇市・桜坂劇場
映画「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」のポスター

 「行列にならんだ知らない者同士が、亀次郎さんの思い出話で大いに盛り上がって、今のわじわじーした気持ちを分かち合ったわけ」

 おそらく、60年前の演説会はこういう雰囲気だったのではないか。暗黒時代といわれた戦後沖縄の占領下、米軍の弾圧をおそれ、自由にものが言えないなか、民衆にとって意思表示の場、思いを託す場…。そんな当時の空気そのままに、人々は、久しぶりにカメジローに会いに来ていたのだ。それほど、カメジローは今も愛され、求められている人物だった。

 忘れられない光景は、さらに続いた。上映の前にも後にも、客席から拍手をいただいた。制作者として、これ以上の喜びはない。映画と一体となった客席を包むのは、人々がもつ“亀次郎体験”とそれぞれが共有した時代への特別な感情にみえた。「私の人生を振り返るようでした」と声をかけてくれた女性もいた。

 それから2週間後、東京・渋谷の公開初日に見たのは、桜坂を再現したかのような光景だった。初回から10回連続満席、その後の神戸、大阪、名古屋などでも上映前に行列ができ、満席が相次いだ。そして、沖縄と同じように、上映後に拍手をいただく回が多い。私自身が言うのもなんだが、どの場所でも最も多くかけていただく言葉は、「この映画をつくってくれてありがとう」というものだ。思ってもみない言葉だ。

 鑑賞に来てくれたある同僚は、思わず涙がこぼれたと言った。どこが泣けたのか?と聞かれても明確に答えられないが、エンドロールに入ったとたんあふれてきたのだ、という。「これまで知らなかった。沖縄は、同じ闘いがずっと続いてきたんですね」。同僚の感想は、そのまま大方の本土の人のそれかもしれない。いかに、知るべき事実が、そのままにされてきたか。ようやくそこに気づいて、沖縄に対する認識を改めた人も少なからずいる。

 私は、この春までテレビでニュースを伝えたり解説したりしていた。日々のニュースは、事象の瞬間を切り取るだけに終わり、なかなか問題の全体像を伝え切れていないことにもどかしさを感じていた。そして、時折「また沖縄が反対している」といった無責任な批判の声が本土から上がる。その背景を考えると、ある結論に至った。本土の人々の認識から戦後史というものがすっぽり抜け落ちているのではないか…。

 平和憲法を手にし、民主主義の世の中にあっという間に変わり、経済復興を果たした本土と、戦争が終わっても平和はやってこなかった沖縄とでは、明らかに戦後の歩みが違う。そのことが、本土にあまり伝えられてこなかった。その戦後史への認識の空白を少しでも埋めることができれば問題の核心に近づけるのではないか。であるならば、戦後史の主人公で、県民に鮮烈な記憶を残しているカメジローを通して歴史を伝えたいと思ったのが、制作のきっかけだった。そして、最も伝えたかったのは、カメジローの生きざまはもちろんだが、その歩みは常に民衆とともにあったことだ。

 いまも毎回何万もの人が集まる県民大会や、国に訴えられた裁判の前の集会に集まった人々が、知事を大声援で法廷に送り出す光景は沖縄をおいて、この国のどこにもみられないものだ。その答は歴史にある。ひとつひとつの点を結んでみると、一本の線となり、今がある理由が見えてくる。

 10年間番組をともにした、ジャーナリストの筑紫哲也さんが大事にしていた言葉のひとつに「自由の気風」がある。それが損なわれたとき何が起きるか。この国の歴史が証明しているといえるが、筑紫さんは、その歴史があるからこそ、常に議論できる環境がなければならない、と考えていた。いつのまにか、私も常に胸にとどめるようになった言葉だ。問題に対して賛成でも反対でも、まずは前提となる事実を認識した上で、もっと議論すべきではないか。認識から抜け落ちた歴史や事実があっては、およそ全うな議論には至らない。それはそのまま、昨今の沖縄をめぐる“議論”のありように思えてならない。

 本作では、「今」に至る歴史の一部をひもといたが、どのエピソードをとっても決して昔話ではなく、そこからはまさに「今」が見えてくると思っている。本作後半のカメジローと佐藤栄作首相との国会論戦も、いまの政治の姿を考えさせられる場面だ。

 歴史があるからこそ、今がある。戦後70年以上、この国の成り立ちに何の疑問も持たず当然のようにここまで過ごしてきたようなところはないだろうか。これまでの道のりにいま一度目を向けることで、見えてくるものがあるのではないだろうか。少し、大げさかもしれないが、それは、これからの私たちの国のありようを考えることにもつながるのではないかと思っている。

 本作は、ありがたいことに、本土でも次々と上映館が増え、年内には全国で50館に及ぶ見通しだ。

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 映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」の県内上映は、那覇市の桜坂劇場で。問い合わせは同劇場、電話098(860)9555。

 さこ・ただひこ TBSテレビ報道局編集部記者。キャスター。1964年、神奈川県出身。88年TBS入社。映画「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」(2017年)の監督を務めた。