映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」が、沖縄先行上映として8月12日から那覇市の桜坂劇場で始まった。1回目上映予定の午前10時前、佐古忠彦監督から「大行列です」とのメールが届いた。知人からは、「桜坂から平和通りまで大行列です」と。

映画の制作意図を語る監督の佐古忠彦さん(右)と出演者の内村千尋さん=11日、那覇市・桜坂劇場

 興奮した電話が届いた。その日は「新基地を造らせない県民大会」が予定されていたため、映画の入館者に影響が出るのではと心配していたが、県民大会は午後2時からなのでその前に見たいという県民が押し掛けたのだった。

 その時は、補助いすを入れても入りきれない方が多く、県民大会参加後にまた並んだという方もいた。2日目は、記念イベントも予定されていたため、整理券の配布が行われたが午前7時から並ぶほど、前日以上の熱気で、大変な1日だった。その後も続く満席の状況に、何が起こっているのか、若い方から高齢者までなぜこれほどの人が、ドキュメンタリーを見に来ているのか、私もまだ詳しい状況分析はできないでいる。

 この映画製作の始まりは、佐古監督が私が館長を務める瀬長亀次郎資料館「不屈館」に来館した2015年9月にさかのぼる。監督は不屈館の資料の山を見て、「これだけの資料があれば番組が作れるかもしれない」と感じたという。下調べの後、本格的な撮影が不屈館で行われたのは12月10日からだった。

 当時、佐古監督はキャスターとして夕方のニュース番組と、土曜日午前中の生放送番組を担当していた。土、日曜日のわずかな時間を利用して、毎週のように沖縄に通い、インタビューを撮影したり、公文書館に通い、午後5時の不屈館閉館後には、カメジローの日記や写真を撮影していた。そして16年8月21日、「報道の魂スペシャル、米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか?~」がTBSで放送された。沖縄ではRBCテレビで8月と12月の2度放送された。

 このテレビ版も好評で、不屈館の来館者に毎日のように見せているが、終わると毎回拍手が起こる不思議な現象が起こっている。

 この番組は8月のギャラクシー月間賞を受賞し、TBSにもかなり番組を評価するメールなどが届いたという。

 もっと多くの人に見てもらう方法として映画にしたいという報告を受けたときは、驚き、そしてうれしかった。その時、できるだけ、本人の動画を探してほしい、みんな本人を見たいと思っているはずだと希望を伝えた。

 映画の試写を見たとき、私も初めて見る映像も多く、さすがテレビ局だと感動した。音楽も世界的に有名な、坂本龍一さんが書き下ろし、オリジナルの素晴らしい曲である。語りも大杉漣さんが渋い亀次郎の声を担当するなど、佐古監督の人脈に敬服した。

 この映画で私が一番感動したのは、1971年12月4日、佐藤栄作首相との国会論戦である。カメジローは沖縄の思いを伝えるため、こぶしをにぎりしめ、「この沖縄の大地は、再び戦場となることを拒否する、基地となることを拒否する(後略)」と叫んでいる。私も初めて見る映像に圧倒された。多くの方がこの場面が感動したと言われる。もう一カ所は、アメリカがカメジローを評価している公文書を発見し、アメリカ取材で、当時を知る高官にインタビューしているところである。

 また、涙した場面は、米軍の退島命令を拒否した党員をかくまったとして犯人隠匿ほう助罪などの容疑で逮捕された、いわゆる「人民党事件」で投獄されたカメジローに、当時、小学4年生だった私が書いた手紙や、刑務所に面会に行った場面だ。そのことについてカメジローは日記に記しているが、文学的な表現でまるで小説の様であり、涙が出たと感想をのべる方が多い。その他にも紙面の都合で紹介しきれない見どころいっぱいである。

 私が提供した資料の中で、初公開の部分も多い。これまでカメジローの晩年の日記や写真は、公開を控えていたが、人間である以上、老いや、病気、死はだれにも訪れるものであり、人生まるごとを伝えたいと思った。しかし、英雄物語にしてはいけない、あくまで民衆あってのカメジローであるとの思いは、佐古監督にも伝わったようで、この作品が評価されているところだと感じている。

 カメジローの演説は、まるで、詩の様だったと表現されるように、「セナガ節」と評される独特の演説は、有名な言葉を残しており、今も闘いの現場で生きている。カメジローの好きな言葉「不屈」は自分のことではなく、民衆の闘いを表現しているのだとの私の説明に驚かれる。

 この映画のヒットしている背景には、今の厳しい基地問題に苦しむ県民が、「今カメジローさんがいたらねー」という待望論のような気持ちと、現在の政治家の不祥事にうんざりしている国民が、政治屋ではなく、体を張って国民のことを考える真の政治家を求めているからではないかと思っている。

 この映画を見て、「不屈館」に来館する県内の方が増え、若い世代が「カメジローさんのことをもっと知りたい、戦後史を学びたい」と訪れていることが、一番のうれしい出来事である。

 カメジローは60年前の日記に、今の沖縄を予言するかのような言葉を残していた。

 「民衆のにくしみに包囲された軍事基地の価値は0にひとしい」

 うちむら・ちひろ 「不屈館-瀬長亀次郎と民衆資料-」館長。瀬長亀次郎氏の次女。1945年那覇市出身。2013年、那覇市若狭に「不屈館」を開設する。