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米軍に土地を奪われた住民の叫び克明に 伊江島「真謝日記」発見

2017年10月25日 08:41

 沖縄の伊江島土地闘争が激化した1955年の住民側の記録「真謝日記」が、故阿波根昌鴻さんが残した資料群から見つかった。島を訪れた調査団に「(土地を)これ以上取られたら死あるのみ」と訴える場面など、住民の生の声が刻まれている。インターネットで資金を集めており、近く冊子として刊行する予定だ。(北部報道部・阿部岳)

「1955 初めての看板(真謝)」(阿波根昌鴻さん撮影、わびあいの里提供)

見つかった「真謝日記」の原本(わびあいの里提供)

阿波根昌鴻さん

「1955 初めての看板(真謝)」(阿波根昌鴻さん撮影、わびあいの里提供) 見つかった「真謝日記」の原本(わびあいの里提供) 阿波根昌鴻さん

土地を強制接収した1955年

 米軍が伊江島に射爆撃場を建設するため、土地を強制接収したのは軍事占領下の55年3月。日記は翌4月28日に始まり、7月25日まで続く。

 ノートの表紙には「日記帳 真謝区民 区長 大城幸藏」と書かれている。中には複数の筆跡があり、交代で現地の記録をつけていたことがうかがえる。阿波根さんが書いていたかは不明。

 当時、伊江島住民が沖縄本島に出向き、窮状を訴えたため、調査団が相次いで訪れた。6月7日には琉球政府の法務局長ら17人が訪れた記録がある。

 住民は「土地を取られ、土日も演習され、子供達(たち)の養育も不可能であり食量既になし」「土地ドロボーをつかまへろ」(原文表記のまま)と訴えた。これに対し、政府側は「中間に立つ『主のう』のつらさを認識して貰(もら)いたい。了解して貰いたい」。絶対権力だった米軍との板挟みに遭う政府首脳を指したとみられる。

記録への信念うかがえる

 日記はまた、本島に陳情へ出かけた際の経費を電報、せっけん、ちり紙、かつお節などと事細かに記録。苦しい運動の中で、お金を大切に使っていた様子が分かる。

 真謝日記は阿波根昌鴻資料調査会が2002年から15年間続けてきた調査で見つかった。代表の鳥山淳沖縄国際大教授は「島ぐるみ闘争の出発点である伊江島の闘いが、ゼロから立ち上がる経過が見える。厳しい状況の中でも、事実を記録し知らせることで社会の意識は変わっていくという信念がうかがえる」と話す。

 資料群を収蔵する「わびあいの里」は25日まで、沖縄タイムス社が運営するクラウドファンディングサイト「Link-U(リンクユー)」で刊行費用を募っている。

伊江島土地闘争とは

 米軍は1953年、射爆撃場建設のため伊江村真謝、西崎両区の住民に土地を明け渡すよう通告した。55年には住宅をブルドーザーで引き倒し、放火して強制接収した。住民は琉球政府前の座り込み、本島各地を巡る「乞食行進」で世論に訴え、後の島ぐるみ闘争につながった。

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