「四歳の頃、父は私を遊郭に売り渡した」。昨年9月、アリゾナ州の自宅で88年の人生を閉じた著者、正子さんの自伝はこの文章から始まる。かつて存在した辻(つじ)遊郭に売られた1932年頃の出来事だが、鮮やかな記憶と共に当時の心象が綴(つづ)られていく。娘だけを置いて帰った父に対して「呆然と立ち尽くして泣いた」「それから私は黙り屋になった」と。6、7歳になると、アンマー(お母さん、の意味)と呼ばれる遊郭の経営者は琉球舞踊、箏を習わせ、礼儀作法を仕込む。辻の女だと見下されていると子ども心にも感じる日々。

自由を求めて! 画家 正子・R・サマーズの生涯(高文研・1728円)

 最も思い出したくなかったであろう「水揚げ」(遊郭の女性が初めて客と接すること)についても初潮を迎えた準備の段階から描く。まだ16歳、若すぎるから待ってほしい、という願いは聞き入れてもらえなかった。「アンマーは私の髪の毛を引っ張り、部屋に引きずり込み、私を叩き始めた」「育てるのにどれほどのお金がかかったか考えたことがあるかと言われた」、「この恐ろしい夜を思い出すと今も悲しくなる」。そして正子さんは辻での暮らしを「生き地獄」と表し、そこに放り込んだ父を憎んだと記す。

 ところが第一部の最後は「父から受けたひどい苦悩のおかげで、逆に私は自立できた」と書く。

 否定してきた自身の人生を肯定するようになる経過は、第二部に詳しい。米人の夫と渡米した正子さんが絵を描くことで自信を取り戻し、離婚や2人の養子をシングルマザーとして育てる決意、奮闘する中で自らの足で人生を切り拓(ひら)いていく姿が描かれる。読み終えた時、正子さんの自己変革が、辛かった人生と向き合い、「私の人生」を獲得することを決してあきらめない勇気と覚悟があったからだと知る。正子さんの後ろに「ジュリ」の人生を強いられ苦難の人生を送った多くの沖縄の女性の沈黙があることを考える時、正子さんの強い意志で1冊の本という形になったことを心から喜び、正子さんの発信するメッセージをしっかり受けとめたいと思う。(山城紀子・フリーライター)

 【著者プロフィール】まさこ・ろびんず・さまーず 1928年、大阪生まれ。画家。両親の故郷・沖縄に戻り、4歳ごろ辻遊郭に売られる。52年渡米。2016年米国で死去