◆ドーナツの穴から映画を見る?

 ふたりの話を聞き終え、いよいよ上映だ。スクリーン両脇には、知名御多出横のパイプ型スピーカーがすらりと立ち、その空間に溶け込んでいる。

 シアタードーナツの内部は、いつもの映画館とはまったく別物だった。ゆったり座れるソファやカウンターのような座席、テーブルと椅子のセットなどカフェのような雰囲気だ。客席は20人ほどだろうか。広々としたリビングのような空間にいざなわれる。今までここで、映画を見なかったことを後悔する。

ドーナツ、ペロリといただきました

 いい音を正面から浴びたくて、スクリーンの真正面、ちょうど室内の真ん中のモスグリーンのソファに陣取る。果たしてこの判断が正しいか気になり、宮島さんに尋ねると「そこがいい」とのお墨付き。一安心して、ようやくドーナツへ手を伸ばす。

 「ドーナツの穴から映画を見よう」というシアタードーナツのキャッチコピーを試そうと思っていたのに、緊張が解けたからか、あっという間に2個のドーナツは上映前になくなり、わんこそばならぬ「わんこドーナツ」状態で3個目をおかわりした。ちなみに最初の2個はシナモンパンチとサニーレモンで、3個目は紅茶味。風邪気味だったので、レモンジンジャーのハーブティーをいただく。うん、治った気がする。

ドーナツの穴から映画を見てみると・・・

 ドキュメンタリー映画なので、作曲家たちの苦悩や情熱、型にはまらない創作風景がインタビューとともに映し出される。口ずさんだあのメロディーも、タイトルと一緒に浮かぶあのフレーズも、簡単にできたものではないことを思い知らされた。 映画に臨む心も整い、おなかも満たされ、上映を待つばかり。ドーナツを販売している受付のおねいさんが、映画のタイトルを告げて室内のあかりを落とす。「なんだろう、この温かなはじまりは」。手作りのこの空間に感動を覚える。

◆「あたりまえ」なんてない

スクリーン側からの風景。なんともアットホームです。

 知名御多出横のパイプ型スピーカーから流れる音には、ぶつかってくるような激しさや荒々しさはない。私の胸の辺りで反射したり、いくつもの方向から聴こえたり。不思議な感覚と柔らかい音を体で感じた。

 映画には、この場面でもしも音がなかったら…という無音のシーンも現れる。音がないことで、視覚がスクリーンのなかに作り物の違和感を覚えること、音によって場面が彩られていることをまざまざと見せつけられる。

 「シーンを貫くリズム」「美しい混沌(こんとん)」「自分で鳥肌が立つもの」―作曲家たちの口からこぼれる言葉ひとつのなかにも、自身が作る音楽への敬意と真っすぐな愛情が感じられる。そして、知名御多出横のこだわりも映画監督の情熱も、シアタードーナツで「すばらしき映画音楽たち」を上映しようと思い立った宮島さんがいなければ、私に、観客に届けられることはなかった。

 「あたりまえ」なんて世の中にはなくて、物事にはそれに関わる誰かの思いが必ずある。それを、この場所と宮島さんと知名さん、そして「すばらしき映画音楽たち」から感じることができた。

◆映画に音楽、読書もね

 上映終了後、明るくなった館内で映画の余韻に浸りながらも、家のリビングにいる居心地のいい感覚が抜けず、後ろ髪を引かれながらシアタードーナツを後にした。

ロビーには天井からもドーナツ!かわいいねっ!

 帰りのバス停から道向かいに、夜のシアタードーナツを眺める。取材日よりも少し前、お茶をしようと足を運んだ日のことが浮かぶ。ドーナツを食べて次こそは映画を見ようと、チラシを手に階段を下りる私と親子連れのお客さんがすれ違った。小学校低学年ぐらいの男の子が、ドアを開けた瞬間に「あ、シアタードーナツの匂いがするー♪」と、笑顔でお母さんを見上げた。「月に1回は映画館で映画を見る時間をつくってほしい」という宮島さんの思いは、目に見える形にしっかりと実現しつつある。その男の子の言葉で、私も小さな頃に母と映画を見に行くのが楽しみだったことを思い出していた。

 私たちはスマホを手にしすぎて、映画や本や音楽をそれができる過程を想像しながら、見たり聴いたりする時間を忘れてきたのかもしれない。

 「すばらしき映画音楽たち」は1月31日まで上映されている。仕事帰りに、休みの日に。ドーナツを食べながら、映画を見に行こう♪