裁判員制度創設の際に手堅い手腕を発揮し、周囲からは「司法の今後が見える人」と評される。トップに就いたいま「司法への国民の信頼を一層強固にしていく」と静かに意気込む。  20代で陪審裁判のある英国に留学。刑事裁判官として経験を積み、最高裁で刑事局の課長や局長などを歴任した。