1534(嘉靖13)年、尚清王の冊封正使として陳侃(ちんかん)が来琉し、翌年『使琉球録』を上梓(じょうし)した。このいわゆる陳侃使録が、琉球冊封使録の先鞭(せんべん)をなしその後の使録にも大きな影響を与えていくことになる。当時、日本は戦国時代の真っただ中で、琉球についてのまとまった本など1冊も出ていない。陳侃使録は世界初の琉球本ということになる。日本初の琉球本といっていい袋中の『琉球神道記』(1648年)の100年以上前である。

使琉球録(榕樹書林・7235円)

 陳侃使録を出す契機となったのは原田禹雄先生による新井白石『南島志』の訳注であった。この本に陳侃使録が多く引用されていることから、勢いで原田先生に原稿を依頼したのである。この時点ではこれが冊封琉球使録集成全11巻に発展することになろうとは思ってはいなかった。

 尚清王にとって権力基盤が安定しているとは言い難いこの時期、明国の冊封を受けることは最大の政治的成果といっていい。陳侃は琉球側の期待を受けて来琉し、その際の路程や見聞を整理してまとめたのがこの『使琉球録』である。初のことなので参考になるものもなく、苦心の末の使録であった。

 この陳侃使録の後、徐葆光(じょ・ほうこう)の『中山伝信録』が出来るまでの使録は全て陳侃使録をベースにそれに訂正を入れ、加筆していく、という形になっていく。陳侃使録の重要性は小本なりといえども決して侮ってはならないのである。ただ、陳侃使録はそんなに分量があるわけではなく、訳注部分だけだと130ページほどにしかならない。そんなに売れるはずもないし、かといってこのページ数では見栄えもしない。そこで初版本の影印を入れて体裁をみつくろったのである。

 本書は幸いにして使録の中では最も大きな反響を得た。このことが次々と使録の訳注本を出していくことにつながったのである。まだ小社が緑林堂書店を名乗っていた頃の、出版黎明(れいめい)期の大きな成果であり、出発点でもあった。(武石和実・榕樹書林代表)