「高文研」編集者 山本邦彦さん(63)=静岡県出身

 沖縄県内への修学旅行がまだ少なかった1980~90年代、県外の中学・高校の教員を集めてフィールドワークを企画し、県内の戦跡や米軍基地を回った。参加者が先鞭(せんべん)をつける形で沖縄行きの修学旅行が本格化。年間約45万人が訪れる一大産業に育つ過程で、地道に種をまいた1人でもある。沖縄関連本を多く扱う出版社「高文研」編集者が、沖縄と浅からぬ縁を紡ぐきっかけは偶然の巡り合わせだった。

「沖縄への修学旅行が広がりを見せてうれしい」と話す山本邦彦さん=沖縄タイムス東京支社

 同社が高校生文化研究会として設立されたのは沖縄が日本復帰した72年。その年、大学入学で上京した。

 ある日、巣鴨のアパートで何げなく新聞を眺めていると、三省堂を退社し、同研究会を立ち上げた編集者を紹介する記事が目に入った。三省堂時代に、その編集者が作っていた高校生向けの小新聞「学生通信」を読んでいて、見覚えがあった。〈冷やかしにでも行くか〉。ボランティアで発送作業を手伝うようになった。数年して、社員として働かないかと誘われた。「あの時、新聞記事を見ていなければ、高文研と出合ってなかった」と感慨深げに振り返る。

 81年、高文研の梅田正己前代表と新崎盛暉沖縄大名誉教授が企画し、県内教員向けの教育セミナーが始まる。翌年は県外参加者も募り、「せっかくだから観光地ではない所を見よう」とバス2台で基地や戦跡を回った。好評を博し、3年目から「教育」がなくなり、基地・戦跡巡りだけに。この経験を基に「観光コースでない沖縄」の本が生まれた。

 復帰から約10年。出版業界では「沖縄問題は終わった」という受け止めだった。書店へ営業に行っても「人は観光コースに行くに決まってる」「こんな本、売れるわけない」と散々。拝み倒して店頭に並ぶと、意外にも売れた。

 折しも航空会社が沖縄観光キャンペーンの真っ最中。修学旅行も行き始め、事前学習のガイド本として重宝された。4版まで改訂し、30万部近く売れたヒット作。「あの本がなければ、後に続く沖縄本はなかった」

 91年に東京都が公立校の修学旅行で飛行機使用を許可。93年から、全国の引率教員の下見を兼ねて沖縄戦跡・基地ツアーを始める。2015年まで計33回、延べ1300人以上が参加。沖縄への修学旅行が定着する一翼を担った。今や旅行各社のツアーで基地や戦跡が日程に組まれることは珍しくない。ツアーを終えたのも役目を達成したとの思いから。かつて「観光地でない」とされた所は「観光地」へ変わった。(東京報道部・西江昭吾)=連載・アクロス沖縄<73>

 【プロフィール】やまもと・くにひこ 1954年、静岡県沼津市生まれ。高校卒業後、大学進学で上京。高文研の単行本を基に映画「青春狂詩曲」(中山節夫監督、75年公開)が製作された際、助監督を務めた経験も持つ。今までに手掛けた沖縄関連本は約50冊。「新沖縄修学旅行」「普天間を封鎖した4日間」「これってホント!? 誤解だらけの沖縄基地」「沖縄鉄血勤皇隊」など。