沖縄県立博物館・美術館で美術館開館10周年を記念して、二つの展覧会が開かれている。沖縄の近現代史を美術でたどる「彷徨(ほうこう)の海」展を展示したコレクションギャラリーやホワイエの階段を下りると、ガジュマルの枝や気根、芭蕉(ばしょう)の葉が吊(つる)された多田弘のインスタレーションが出迎えた。ここからはもう一つの企画展「邂逅(かいこう)の海−交差するリアリズム」が始まる。沖縄出身や沖縄に縁のある作家が海を越えて多様に表現した現代美術の展示だ。(学芸部・吉田伸)

 「邂逅の海」展は昨年12月後半に開幕した。19人1組の作品を展示している。企画した学芸員の玉那覇英人さんは「『彷徨』では南風原朝光をキーマンに台湾との交流を中心に沖縄の歴史軸を紹介した。『邂逅』では未来に向け、これからの10年を考えたい」と話す。

素材に向き合う

 玉那覇さんは展覧会の第1章を「表現のフレームを押し広げるアーティスト」と位置付けた。絵画や彫刻、立体物など素材を使って表現した作家たちの展示だ。

山城えりか「vortex」(2007-2011年)
山城えりか「vortex」(2007-2011年)

 美術館の企画ギャラリーに入ると、淡い色調で神秘的な女性を描いた作品が掛かっていた。画家・装画家の山城えりかの油彩やアクリル、鉛筆画だ。芥川賞や直木賞作家の単行本の挿画を手掛ける山城。「女性は美しさとグロテスクな感情を含めて、ミステリアスで魅力ある面白い生き物」と話すように現実離れした女性たちが並ぶ。

 全面ガラスの窓から光が差し込む回廊に出ると、儀保克幸が彫り上げた木彫の少女や少年たちが佇(たたず)んでいた。目をつぶった子どもたち。回想の先に何があるのだろう、という問いがよぎった。

 展示は沖縄と台湾双方の美術交流も企画する水谷篤司や波多野泉の木や漆を使った彫刻へと続く。人体描写の延長としてサンゴにナイロンをかぶせて漆のパネル群を作った前田比呂也の「酸化皮膜」をすぎると、幻想的な空間に包まれた。左右にそれぞれ横6メートル縦2メートル余の二つの平面作品が壁を埋めている。20代で今回最年少作家の平良優季の岩絵の具を寒冷紗(かんれいしゃ)に重ねた絵画だ。

不条理を可視化

 沖縄の不条理な歴史をさまざまな素材で可視化する仲里安広の新作「海の彼方から…」、金城満が基地や原発の問題を内包した日本や沖縄を題材に2014年に発表した「Happy end」シリーズと続く。熱でぐにゃりとゆがんだ空き瓶がひしめき合っている。発表当初のタイトル「楽園」という表現に金城の強烈な皮肉が込められている。金網で縛り上げられた瓶たちに、頭を下げたような瓶たち。急激な温度変化でなく緩やかに温度を上げていくことで、その姿が変容していくという。

 同様に沖縄の現状を二つの作品で表現したのは鉄などの金属を使って制作する30代の金城徹だ。美術館の展示室に窓と食卓で一つの部屋を想起させる空間を作った。

金城徹の「cerealシリーズ」(手前)と、「重ねるということ」(奥)の一部。制作はいずれも2017年
金城徹の「cerealシリーズ」(手前)と、「重ねるということ」(奥)の一部。制作はいずれも2017年

 食卓は「cerealシリーズ」。スプーンが入った皿の中には印刷された文字を幾つも切り抜いた紙片が盛られている。スプーンの持ち手からは細い幹が生えて枝や葉を伸ばしたり、オオゴマダラなどのチョウに形を変えていく。だが、その形は不完全で一部欠落した羽やいびつな植物だ。制作した背景に急速に進む情報化時代があると話す金城。インターネットで調べた情報を「食べる」行為と表した。分かったつもりになっても、実際に自分の体験ではないため、摂取後は形が変わっていくのだ。

 一方、窓から見える光景は沖縄にある実際の風景だという。錆(さ)びた複数の鉄板を削り、濃度が異なる錆(さび)を集めた金城。その錆を紙に振りかけ、裏から磁石で数百回に及ぶほど動かす。錆のこすれた後が絵になっていく。

 現代はあやふやなものにリアル感が付与され、目を背けたくなるような現実が非現実のようにとらえられているという金城。1月にあったギャラリートークで描いた場所を問われ「辺野古」と明かした。

社会とつなげる

 第2章は真っ暗な空間に言葉が作品とともに浮かび上がっていた。アートと批評の雑誌『las barcas』を編集発行しているアーティストや研究者、キュレーター、小説家らが作り上げた部屋だ。写真家で編集者の仲宗根香織は「アートが政治の手段にならないように、表現や言葉に注意深く、真摯(しんし)に向き合いたいと考えている」と声明を述べる一方で、「社会の違和感には全力で反応していきたい」と書いている。

 仲宗根の写真と小説家・親川哲の文章に誘われて、入室すると昨年、アジアン・アート・アワード大賞を受賞した山城知佳子の映像と写真のインスタレーションが現れた。山城は昨年4月、京都であった「KYOTOGRAPHIE2017」の個展会場で発表した「コロスの唄」と「黙認のからだ」を組み合わせた作品を、水の音が印象的な音響に変えて提示した。

阪田清子「ゆきかよう舟」(2016-2017年)=手前。奥は根間智子「Paradigm」(2014-2015/2017年)
阪田清子「ゆきかよう舟」(2016-2017年)=手前。奥は根間智子「Paradigm」(2014-2015/2017年)

 「見ること」の行為そのものを問うような根間智子の写真群「Paradigm」や、阪田清子が塩の結晶で作ったインスタレーション「ゆきかよう舟」の沖縄初展示など、アートで社会をつなごうという表現行為が凝縮されている。

映像群の絵巻物

 第3章は県立美術館では初となる大規模な大型の映像作品が絵巻物のように次々と飛び込んでくる。5メートルを超える縦型の作品は照屋勇賢の新作「La Mer」だ。フランス語で「海」を表すタイトルの映像はウミガメやジュゴンなどを水彩で描いて切り取った紙の絵が泳ぐ沖縄の海だ。

嘉手苅志朗「マブイ・ショー-彼らの声-」(2016年)の一場面
嘉手苅志朗「マブイ・ショー-彼らの声-」(2016年)の一場面

 30代の若手作家、嘉手苅志朗はジャズシンガー・与世山澄子を主演に撮った「interlude」と、小説家・崎山多美の「月や、あらん」の一場面を映像化した「マブイ・ショー−彼らの声−」を出品した。「マブイ・ショー」は成仏できない沖縄の魂たちをサンゴのかけらで表現。ウチナーグチで現世の頃を語ったり、けんかしたりする異色の作品だ。

 10代の頃、故真喜志勉の画塾に通った石田尚志やベトナム系作家のジュン・グェン・ハツシバが沖縄の海を主題に撮影した映像作品も上映されている。館を離れても、残像や残響が脳裏を巡り続けた。

石田尚志「海の映画」(2007年)の一場面
石田尚志「海の映画」(2007年)の一場面

 展示は2月4日まで。

4日 ギャラリートークとワークショップ

 4日午後2時から第2章をつくった「las barcas」のメンバーによるギャラリートークとワークショップがある。企画したエデュケーターの町田恵美氏と岡田有美子氏が進行。親川哲、阪田清子、根間智子、山城知佳子の4氏が参加する。問い合わせは同館、電話098(941)8200。