沖縄空手

使命は「空手好きな子増やしたい」 技と礼儀重んじ、指導に情熱

2018年2月6日 20:00

【次代の肖像】當山敏館長(55) 琉球国技空手道 剛柔流天武心治館

 「自分たち世代の使命は、沖縄で空手が好きな子どもたちを増やし、伝統空手を残すこと」。熱いまなざしで語るのは琉球国技空手道剛柔流天武心治館の當山敏(さとし)館長(55)だ。14年前、脳梗塞で倒れた琉球国技会名誉会長の父當山全秋(ぜんしゅう)氏(82)から館長を引き継いだ。開設45年になる沖縄市内の道場。沖縄空手の未来を見つめ、技とともに礼儀を重んじながら門下生たちの指導に当たっている。(社会部・宮里美紀)

門下生を指導する當山全秋氏(左)と敏氏(後方右)=2017年5月、沖縄市泡瀬

稽古でサンセールの型を打つ當山敏氏=沖縄市・琉球国技空手道剛柔流天武心治館泡瀬道場(金城健太撮影)

門下生を指導する當山全秋氏(左)と敏氏(後方右)=2017年5月、沖縄市泡瀬 稽古でサンセールの型を打つ當山敏氏=沖縄市・琉球国技空手道剛柔流天武心治館泡瀬道場(金城健太撮影)

 空手を始めたのは記憶もおぼろげな3歳のころ。渡口政吉氏の尚礼館に通っていた父に連れられ、遊び感覚でまねし始めた。全秋氏は「夜に敏がいなくなり慌てて探したら、街灯の下で突きをしていた」と笑って振り返る。

 中学校ではバレーボール部に入った。毎日の部活動に加え、帰宅後に空手も練習し、中学2年のころに念願の黒帯を取得した。「当時の父はとても厳しく、2段上の実力がないと試験に合格させてくれなかった。黒帯は相当うれしかった」

 関東の大学を卒業後、帰郷して就職。空手の稽古に励みながら全秋氏の指導を手伝った。そんな中、全秋氏が突然脳梗塞で倒れた。驚きと心配の気持ちとともに胸に浮かんだのは、道場に通う子どもたちの顔だった。「あの子たちを育てなくては」と道場継承を決心した。妹の小渡秀子さん(52)も同館泡瀬道場で指導を手伝っている。

 ニュージーランドの空手女子代表ニーナ・エドガー選手は、心治館で指導した一人だ。一国の代表選手になったことも大きな喜びだが、最もうれしかったのは「ニーナがニュージーランドで心治館の道着を着けて練習していたこと。心に心治館が残っているんだ」と顔をほころばせる。

 門下生を指導するなかで、伝統空手を引き継いだ重責を感じ、どう普及するか常に考えている。「子どもたちが別のスポーツで活躍してくれてもうれしい」と寛容だが、「伝統空手から離れてもいつか戻ってくれるよう、空手が好きな子どもを増やす取り組みをしなければ」と力説する。

 「心治館ではとにかく空手を好きになってもらいたい」。空手発祥の地の沖縄が世界に後れを取ってはならないという思いも強い。堅実に一歩ずつ、伝統空手の担い手として道のりを歩んでいく。

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