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ヒジャイ・ニジリ、そしてチラチケー! しまくとぅばで育てたボクシング「力が入る」

2018年3月5日 18:30

◆元沖縄協栄上原ジム会長の上原勝栄さん

 「ガジャングヮーヤッサー」。上原勝栄さん(73)=元沖縄協栄上原ジム会長=は、高校時代に指導した元ボクシング世界王者の具志堅用高さんをこう表現した。1971年、興南高校でボクシングの競技を始めた具志堅さんはアマチュアの階級で最も軽いモスキート(蚊)級だったからだ。上原さんは、気性の荒い人が多い戦前の漁村、那覇市垣花にルーツがある。自他ともに認める“ウーマクー”。しまくとぅばに愛着をもつ。「分かる人には方言で教えた方が標準語よりも強くなる」と熱く語る。(運動部・當山学)

具志堅用高さんをしまくとぅばで指導した思いを語る上原勝栄さん=那覇市若狭

「ガジャングヮー」と上原勝栄さんが呼んだ高校「モスキート」級で全国制覇した頃の具志堅用高さん=1973年8月、岐阜県立北高校

具志堅用高さんをしまくとぅばで指導した思いを語る上原勝栄さん=那覇市若狭 「ガジャングヮー」と上原勝栄さんが呼んだ高校「モスキート」級で全国制覇した頃の具志堅用高さん=1973年8月、岐阜県立北高校

◆厳しい練習、具志堅用高を育てる

 ジャブなど左のパンチは「ヒジャイ」、右は「ニジリ」、ボディーブローは「ワタチケー」、顎を狙うときは「チラチケー」。上原さんが、ボクシングを指導する時に使うしまくとぅばはこの四つ。それを組み合わせて教えた。「分かりやすいでしょ」。愉快そうに笑った。

 本格的なボクシング経験こそないが、空手3段の腕。元世界王者の康恒さんと元日本王者の晴治さん(後のフリッパー上原)を弟に持つ。高校生を実家の銭湯に下宿させ、掃除やまき割りなどをさせながらボクシングを指導した。

 高校時代の具志堅さんは2人の指導を受けた。興南高のボクシング部で、監督の故金城眞吉さんからアマチュアボクシングの技術を、生活面では、下宿先の上原さんから空手仕込みの打撃と闘争心を学んだ。

 上原さんは振り返る。「具志堅は最初、体が弱くて、ゆっくりゆっくり教えた。でもあんなに練習する子はいなかった。普通の人では持たない」。月に2度、名護に出掛け、夜の海で、一緒に5時間以上も素潜りした。「ヤー、ナーファムカティ、ハシトーケー(おまえは那覇に向かって走っておけ)」。潜りを終えて上原さんは道具を片付けながら、具志堅さんにランニングを命じた。20キロ以上走っても、具志堅さんが音を上げることはなかった。

 良い試合の時には、こう声を掛けた。「ヤー、チューヤ、チビラーサン。ナマグトゥスネー、チューバーナンドー(今日は素晴らしかった。今みたいにすれば強くなる)」。褒めることも忘れなかった。

 感情がストレートに現れるしまくとぅばで失敗したことも。60年代末、高校生だった弟晴治さんの試合で応援席から思わず叫んだ。「ウングトゥ、ヤナワラバー、タックルセー、シナセーヒャー(こんな悪がきはやっつけろ)」。レフェリーが慌てて制した。「高校生のアマチュアボクシングで、そんな言葉を使わないでください」。だが、弟を応援する余り、興奮して再び叫んだ。ついに晴治さんは失格に。「兄さん、次から見に来るなよ」。きつくくぎをさされた。苦い思い出になった。

 だから、具志堅さんの世界防衛戦の応援は共通語。だが、頭に浮かんだしまくとぅばを共通語に直訳してしまい、過激な発言に。関係者からこっぴどく怒られた。

 上原さんが育った環境は、日常生活が全てしまくとぅば。学校で習う共通語を使えば、笑われた。「ヤナワラバーもクルサリンドーも、相手をかわいく思って使う言葉。しまくとぅばはとても素晴らしくて味があるよ」。上原さんは、荒々しい言葉も相手との関係性の中で、愛情あふれた言葉になると説明する。「今は『ファイト』とか言うけど、標準語だと応援する方も選手も力が出ないんじゃ」。濃密な人間関係を支えたしまくとぅばの力を確信する。

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