山本章子氏(沖国大非常勤講師=安全保障論)の研究によれば1950年代後半、本土での反基地運動の高揚に対応して米空軍基地の縮小計画が決定され、60年代にも引き継がれた。 加えて60年代前半には、米国の国際収支の悪化や日本本土の都市化に伴い、ケネディ政権は米航空兵力の本土から沖縄への移転を検討する。