◆トックリキワタ、知ってる?

最後に、ずっと気になっていた店名の由来を尋ねる。
斎藤さんは言葉を選びながら「家がトックリキワタ通りのある与儀にあって。県外にはない木なので、綿がはじける様子がすごく印象に残った。はじめは○○カフェだったけど、『カフェ』っていう響きより、落ち着いた感じのある『珈琲店』がぴったりきた」と教えてくれた。
特に名前にストーリーはないと笑う斎藤さんだけど、発音や促音(「きって(切手)」「ラッパ」などの、仮名表記で小さく書かれた「っ」「ッ」の音)が入っているほうがいいとか、ロゴにしやすい事も決め手になったと、こぼれ話も聞かせてくれる。
「地元の人からも、たまに由来を聞かれる」と笑って話してくれた。
◆沖縄を取り入れたメニュー
メニューは沖縄の旬を意識し、産地まで足を運んで仕入れ、アレンジして提供している。

大宜味村のレモンで作ったレモンカードをスコーンに添えたり、やんばる産のキンカンをコンポートにしてミルクプリンにのせて提供したり、南風原産のスターフルーツをジャムにしてケーキに合わせたり。糸満産のビーツや島かぼちゃを使ったスープは、目にも色鮮やか。メニューを選ぶのも楽しい。

コーヒー豆は問屋から仕入れているが、一つだけ埼玉から仕入れる豆がある。住んでいた近所のカフェのコーヒー豆でなじみの味だ。これからは沖縄の自家焙煎(ばいせん)の店から、取り入れていきたいと話す。
コーヒーは、豆と抽出方法を注文時に選ぶことができる。悩んだ場合は、宮田さんと一緒に好みを確認しながら丁寧に選べる。カフェインレスもあるので、妊婦さんが利用できるのもうれしい。
◆10年、15年経った頃には…
トックリキワタ珈琲店を何度か訪れて印象に残るのは、ふたりがとても穏やかでこの場所にいることを楽しんでいるように映ることだ。

その理由を、斎藤さんは仕事を辞めてストレスフリーになったことが大きいという。教師生活はいいことも大変なこともあり、自分ではどうにもできないことで流れを阻害されることがたくさんあったと振り返る。
「自分はもっとうまくできるかもしれないのに、それ以外のものが動いてうまくいかない。そういうストレスがあった。自営業はうまくいこうがいくまいが、全部自分の責任、自分次第。その点で本当にストレスはない。宮田さんもそうですが、稼ごうという欲がなかったのも大きい。年齢的に、もう第二の人生のステージに入っているので、穏やかに残りの人生を暮らしていければという価値観が、お店の雰囲気に重なった」。

第二の人生という響きの重みは私にはまだわからないけれど、トックリキワタ珈琲店が10年、15年たったころには私も第二の人生の時期に差しかかる。その時、こんなふうに次のステージを考えることができる自分であれたら、と斎藤さんの言葉から考えさせられた。
「『トックリキワタ珈琲店が街の風景になる日を望んでいます』とIndigoから贈られた言葉が絶えずを胸にある。街の風景っていいなと思い、それをめざしたいなと思っている」と斎藤さん。
経年を楽しむ大人のカフェ、使い古されることで傷や染みもつくけれどそれもひとつの味として、10年15年とやってみよう。静かに目標を教えてくれた。
◆日々ははじまったばかり
雨が降る日はぬれた路面や斜めに降り注ぐ水滴が、晴れた日には斜め向かいにある公園の緑が太陽に照らされて、ガラス越しに目に映る。居酒屋、Bar、食堂と飲食店が並ぶこの道路沿いに、トックリキワタ珈琲店もこの場所の景色として通る人の記憶に残っていくのだろう。


斎藤さんの話を聞き、ミルク珈琲のアイスとケーキが胃袋に収まり、まだ帰りたくない気持ちと戦いながらも席を立つ。入り口近くには斎藤さんの愛犬で、店のマスコットキャラクターでもあるボストンテリアのボス(6歳・男の子)が昼寝をしている。埼玉では留守番が多かったボスも、ここでは一緒に出勤して一緒に時間を過ごしている。
ボスにあいさつをして、入り口のマットの前に立つ。迎えられた時は「home」だったのに、店内から見ると「away」になっている。家のようなのんびりできる空間から、私はまた外の世界へと戻る。時間を少しだけ忘れ、ひとりで過ごしたいと思う時に戻れる場所、トックリキワタ珈琲店の日々ははじまったばかりだ。
