古くから酒造りが盛んな岩手県。5年前の東日本大震災後は自粛ムードによる経済的な被害も受けたが、地元の蔵元などが協力し合い、消費をPRするなどして乗り越えてきた。同県二戸市の酒造販売「南部美人」では、恩納村出身で入社3年目の営業担当、冨着いちこさん(25)が、日本酒の魅力発信に奮闘している。(社会部・島袋晋作)
2011年3月11日午後2時46分、岩手大学の2年生だった冨着さんは盛岡駅の地下で激しい揺れに見舞われた。
借りたばかりの木造アパートに戻るのは不安だからと、大学寮で友人らと一夜を過ごすことに。電池を節約するため、皆で交代しながら見ていた携帯のテレビに、友人の家が津波で流される光景が映った。
皆、次第に無言となり、重苦しいムードの中、朝を迎えた。5年たっても当時の記憶は色あせない。
その年の5月の連休明けには大学が再開し、同時に就活シーズンを迎えた。そんなころ、バイト先の居酒屋を通じて知ったイベントで、田植えなど米作りから酒が出来上がるまでの工程を体験。今まで味わったことがないほどのおいしさに感動し、「私も日本酒を造りたい」と心に決めた。
約2年後に入社した「南部美人」では、久慈浩介社長が震災後の「自粛」ムードをはねのけようと、他の蔵元とともに動画サイトなどで消費を呼び掛けるプロジェクト「ハナサケ!ニッポン!」に参画していた。
「奇跡の一本松」が残る陸前高田市の復興を後押しするため、同市の日本最北限のユズを使った「ゆず酒」も商品化した。冨着さんもユズ狩りなどのイベントに出掛け、住民らと力を合わせてPRに取り組む。
「売り上げは元に戻りつつあるが、被災地はまだ復興のさなか。これからもおいしいお酒でみんなをさらに元気にしたい」と語る冨着さん。高校生まで過ごした故郷・沖縄でも、日本酒の魅力を一層広めたいと考えている。