たーにーさん(33)しゅうごパークさん(33)=那覇市出身

 2人は幼稚園からの同級生。幼なじみでお笑いコンビを組む例は多いのかと思いきや、このごろは意外にも少ないらしい。上京して9年。息の合ったコンビ芸で、全国放送のテレビ番組で活躍する姿を見掛ける。最近は、しまくとぅば(方言)を使った英語の授業のコントが大受け。ネタ作りで“沖縄色”をどこまで出すかも思案のしどころだ。

「沖縄出身といえば、しゃもじと言われるようになりたい」と話すたーにーさん(右)としゅうごパークさん=東京都内

 「笑い」への目覚めは中学時代。美術の授業で「面白ビデオ撮る?」という先生の提案だった。当時のお笑い番組のネタを見よう見まねで再現。評判を聞いたテレビ局の取材も受けた。〈俺らってすごい〉。友人へのお披露目は恥ずかしかったが、「面白いことをやればヒーローになれる」という自信が芽生えた。

 高校1年で芸能事務所に入り、同級生が部活や恋愛の学校生活を送る中、ひたすら修業の日々。それでも「笑いのことだけ一途に考えていける」と前向きだった。高校を卒業し、「第1回O-1グランプリ」(2007年)で優勝。芸人だけで食べていけるようになったが、新たな悩みが生まれた。東京で勝負するか、沖縄に残るか-。

 県内で活躍する芸人の先輩には「なぜ20代で上京しなかったか」と悔やむ人がいる一方、「ここで土着の笑いの文化をつくる」と志を持つ人もいる。沖縄で頑張ることは美徳だと感じるが、思い悩んだ末、東京で勝負する道を選んだ。

 幸先は順調だった。上京した日にフジテレビの番組オーディションがあり、合格。全国放送のレギュラー6組に抜てきされた。“売れる”ことが約束されたかのように見えたが、番組はあえなく1年で終了。バイトしなければ生活できない苦境に追い込まれた。

 共演した6組には華々しく活躍する「ニッチェ」や「かまいたち」がいる。「目の前で、芸人としての階段を一気に駆け上がる姿を見た。悔しさより、ただすごいという気持ち」だが、「そこが弱さとも言われる」。首都圏で芸人活動をしていて、軸となる収入は主に「沖縄案件」。関連行事は年中行われている。2人は「沖縄に助けられている」と口をそろえる。

 好評のしまくとぅばコントは、テレビ番組の方言ネタ大会がきっかけ。「武器になる」と再認識した半面、「それだけで勝負したくない」との思いもよぎる。33歳で芸歴15年。普通の会社と違い、20年目でも「若手」と呼ばれる芸人世界。「いつか沖縄出身といえば全員が『しゃもじ』と言うような存在になりたい」。まだまだ夢の途中だ。(東京報道部・西江昭吾)=連載・アクロス沖縄<85>