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流弾事故 1972年の復帰後に28件 米軍が関与認めない例も

2018年6月22日 08:40

 米軍の演習が原因とみられる県内での跳弾・流弾事故は、沖縄県の資料によると、1972年の本土復帰後、28件、うち名護市内では5件発生している。沖縄では狭すぎ、海兵隊の実弾射撃訓練を実施するのは危険という声は根強い。最近では米軍が訓練中の誤射や跳弾と認めず、県警の基地内への立ち入り調査を拒否するなど、真相解明ができない事態が相次いでいる。

 流弾事故では、56年に金武町伊芸で、遊んでいた幼児に流弾が当たり、負傷。64年にも伊芸で民家の屋根を貫通し、女性が太ももに重傷を負った。

 21日に銃弾の見つかった名護市内でも、78年12月に重機関銃の数十発の弾が市許田の民家近くに飛んできた。79年8月に銃弾が市数久田の豚舎横の水槽から、84年5月にM85重機関銃の弾が許田の大型ダンプのフロントに着弾した。

 87年10月には市に近い恩納村瀬良垣の国道58号で、走行中のタクシーにM2重機関銃の弾が貫通。2002年7月には数久田のパイナップル畑で作業中の男性の2メートル先にM2重機関銃の弾が落ちた。

 08年12月に金武町伊芸の民間地で、流弾とみられる金属片が乗用車にめり込んでいた事件では、米軍は「最近の訓練とは関係ない」と否定。県警は立ち入り調査を1年間認められず、被疑者不詳のまま軽犯罪法違反で書類送検したが、那覇地検は不起訴とした。

 恩納村のキャンプ・ハンセン内で昨年4月、流弾2発が見つかった事件でも、県警が同様に書類送致したが不起訴となった。米軍は射撃訓練で使用する銃弾と同じタイプと認めたが、県警が求めた銃弾の提供に応じず、県警は十分な捜査協力を得られなかった。

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