タイムス×クロス 金平茂紀の新・ワジワジー通信

翁長知事、命がけの訴え 73年目の慰霊の日【金平茂紀の新・ワジワジー通信(36)】

2018年7月5日 13:00
金平 茂紀
金平 茂紀(かねひら しげのり)
TBS報道記者、キャスター、ディレクター

1953年北海道生まれ。TBS報道記者、キャスター、ディレクター。2004年ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に「ホワイトハウスから徒歩5分」ほか。

 頭を冷やして考えてみようではないか。アメリカ人の民間人が沖縄で起こした凶悪刑事事件の賠償の支払いを、なぜ日本政府が肩代わりしなければならないのか。

平和宣言に向かう翁長雄志知事(手前右)に視線を向ける政府関係者ら。安倍晋三首相は目線を落としたままだった=6月23日午後、糸満市摩文仁の平和祈念公園(下地広也撮影)

 先月29日、中国、韓国の歴訪を終えた帰途、東京に立ち寄ったマティス米国防長官は、小野寺防衛大臣との会談を行った。マティス長官の今回の歴訪の目的は、主に北朝鮮情勢についての意見調整だったが、その後の記者会見で、小野寺大臣は、2年前、うるま市で起きた元米軍属による女性暴行殺人死体遺棄事件について、被害者の遺族への賠償金を日米両政府が共同で支払うことで合意したことを明らかにした。刑事責任については、去年の12月に元米軍属の被告に対して無期懲役の判決が出ているが、民事責任についても今年1月、那覇地裁がこの元軍属に対して遺族への損害賠償を命じていた。ところが元軍属に「支払い能力がない」ことから、米側が賠償金を支払うかどうかが注目されていた。

 これまで米側は元軍属の男性が米軍の直接雇用ではないことから支払いに応じてこなかった。日本側の説明では、今回の米側の支払い受諾は「日米地位協定に基づくものではなく、米政府の自発的、人道的な観点からの支払いだ」という。その上で、小野寺大臣は「米側の支払いで足りない部分は日本政府が見舞金として対応する」と述べたのだ。具体的な金額は明らかにしていない。ここが最もデリケートなところで、もし「米側25%、日本側75%」の分担となれば、それは米側が人道的な観点から支払いに応じたことになるのか。なぜ分担の割合を明らかにしないのか。歴史の審判がおそろしいのか。いずれは明らかになるというのに。

 沖縄国際大学の前泊博盛教授にこの件で取材をしたが、1995年の米兵による暴行事件の際も同様のことが起きていたのだという。あれは米兵3人の蛮行だったが、同じく「支払い能力がない」として米側が日米地位協定に基づき賠償を代行することになった。その際、何と米側が日本側に対して支払額を「値切ってきた」という。そして日本が補填(ほてん)した。この事実は米側公文書に記載されている。(アメリカの立派なところは公文書を廃棄したり改ざんしたりせずに、きちんと保管していることだ)。日本政府は、うるま市の事件の賠償をなぜ米側に「全額」支払わせないのか。うるま市の殺された女性には何ひとつ非はないのに。それでも独立国か。

 そんな怒りが沸いた日の6日前の6月23日。この日、沖縄は梅雨明けが宣言され、焼け付くような日差しだった。早朝から平和の礎には多くの遺族が花をたむけに訪れていた。沖縄戦没者追悼式の進行をリハーサルの段階から刻々と見ていた僕は、とても複雑な思いに苛(さいな)まれた。この式典の進行の先には、より大きな深刻な帰結が待ち構えているように思えてならなかったのだ。式典の主催者・沖縄県の翁長雄志知事はもちろん参列していたのだが、今年の場合、知事の参列には特別な意味があった。それは、翁長知事が公務に復帰したとはいえ、すい臓がんで治療中の身であり、この炎天下の過酷な環境に果たして耐えられるのか、という懸念が囁(ささや)かれていた。それはある意味でとても残酷なようだが、今年11月18日に投開票日が設定された沖縄県知事選挙への翁長氏の再出馬の可能性を県民が直接判断する場でもあったのかもしれない。

 翁長知事は目深に帽子をかぶった姿で会場入りした。参列者から拍手が起きた。知事は、がん治療で頭髪がなくなった頭部をカバーするためこのところ県議会の中でも帽子を着用している。知事がその帽子を公の席で脱いだのは、式典の最も大事な部分「平和宣言」を読み上げた時だった。その赤裸々な姿を公の場でさらしながら、知事は先のシンガポールでの歴史的な米朝首脳会談について触れ〈東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化しており…民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行している〉と声を振り絞って訴えていた。参列者からは拍手が沸いた。

 壮絶な命がけの宣言でもあった。この姿を県民たちはどう受け取っただろうか。知事の主張に対する共感と、知事の病状への同情の念と。人々は心の深いところで想像していたはずだ。今年11月の知事選挙に翁長氏は本当に出られるのだろうか。激しい選挙運動を戦うことができるのだろうか。「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は…微塵(みじん)も揺らぐことはありません」という思いを翁長氏以外のいったい誰に託すことができるのだろうかと。安倍首相は知事と目を合わせようとはしなかった。

 慰霊の日を伝える当日のテレビニュースは、翁長知事の「平和宣言」と、その直後の安倍首相の式辞を、ストップウオッチで計ったようにご丁寧に「等量に」短く編集して紹介していた。これでは翁長知事の宣言のあの壮絶さがちっとも伝わらない。その後の中学3年生の詩『生きる』の朗読は、その言葉の強度とともに、終始まっすぐに顔をあげて言葉を届けようとする姿が多くの人々の感動を呼んだ。その少女に対してネット上では匿名で「中三の女の子、どうみても活動家ですやん」とか書き込む卑怯(ひきょう)な現実が僕らの回りにはある。

 政権与党の自・公は、「翁長知事以外の候補者なら必ず勝てる」と踏んで、知事候補者の人選にあたっている。僕の取材では、宜野湾市の佐喜真淳市長を擁立する方針が急速に固まった(本紙3日付1面トップ記事も参照)。6月26日に開かれた「就任6周年激励パーティー」は、さながら知事選へのステップアップ激励の集いだった。仲井真弘多前知事は「宜野湾市で囲い込まないで、沖縄全体のために寛大な気持ちで佐喜真さんを応援していただきたい」と持ち上げた。これを受け佐喜真市長は「悩みながら政治家は決断する。そういうものだと思っている。これ以上は申し上げません」と含みを持った発言をしていた。外務省の新旧沖縄大使交代のレセプション会場で僕は佐喜真氏本人に知事選出馬の感触を訊(き)いたが「(出馬へ意欲は)報道ですから。僕は宜野湾市長です」と逃げられた。佐喜真氏が、仮に立って知事選に勝利すれば、普天間基地移設元の市長が知事に選ばれたのだから、辺野古移設が県民の「民意」だとされ、その瞬間に辺野古新基地建設問題は「消滅した」と彼らは強弁するだろう。だから佐喜真市長擁立は根源的な転換点という意味をもつ。

 以上のような日々を通じて、辺野古の新基地建設現場での工事は粛々と力づくで推し進められていた。慰霊の日に知事が何を訴えようが、14歳の少女がまっすぐに言葉を発しようが、そんなことには聞く耳を持たずに、工事を進める。反対行動は力で排除する。8月17日までには、埋め立て土砂が海中に投入される。より深刻な帰結はさらにその先にやって来ると僕は考えている。(テレビ報道記者・キャスター)

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