転掌は、宮城長順によって編まれた型である。東恩納寛量が没した1915年以降、宮城は中国拳法視察のため福州へ2度、上海へ1度訪れている。当初「六機手」 福州から沖縄に伝わったとされる白鶴拳系の武術書「武備誌」は、近代沖縄の武人たちの空手研究に役立てられていた。