「100年に1度のピッチング」、その次の試合は「200年に1度」。沖縄水産が5年連続で夏の甲子園に出場した1988年、栽弘義監督は、甲子園での勝利インタビューでエース平良幸一(48)をたたえ続けた。 1学年上だった本格派右腕の上原晃に対し、左腕の平良は変化球が主体の軟投派。