リサイクル業 大城産業社長 大城勝さん(57)=今帰仁村出身

 金属が積まれた広さ約4500坪の作業ヤードに、ごみ一つ落ちていない。事務所には整理、整頓、清掃、清潔、躾(しつけ)の「5S」の実践を促す「行動指針」が壁に張られている。地縁のない茨城県古河市で創業して25年。「多くの人の支えがあってここまできた。日々勉強です」。顧客や地域に愛される会社を目指し、ひたむきに歩んできた。

故郷の今帰仁村をアピールした看板の前で笑顔を浮かべる大城勝さん=茨城県古河市

 リサイクル業は、とかく「きつい、汚い、危険」の3Kに見られがち。創業当初は付近住民からの苦情も耳に届いた。地域の信頼を得るにはどうしたらいいか。まず、会社周辺を毎朝、掃除することに決めた。

 夜明け前。ほうきとちり取りを手に、会社から半径約500メートルを掃き清める。黙々と続けていたが、ある時、はたと気付く。まだ住民は寝静まる時間。掃除の音が安眠を妨げやしないか。清掃は朝日が昇ってから始めるように変わった。

 従業員が仕事でミスをした時のペナルティーは、地域への奉仕活動を命じている。「その方が従業員にとっても励みになるでしょ」。若い従業員に訓示する「幸福の法則」の一つとして、「人間の喜びで最たるものは、人に頼りにされ、人にあてにされること」を口酸っぱく説いてきた。

 今帰仁村で生まれ育ち、18歳で集団就職で上京。たまたま募集のあった銅リサイクルの会社に勤め始めた。営業担当として日々打ち込み、31歳で独立。親しくなった顧客からの紹介で、茨城の地に居を構えた。手元にあるのは4トントラック1台と親から借りた100万円だけ。妻と2人の幼子を抱え、人脈もない土地で不眠不休で働いた。今では従業員30人を率い、昨年は年商77億円。金属を有効に活用して循環させ、資源の乏しい日本の工業を下支えしているという自負もある。

 「今の20歳の従業員は、自分自身の20歳の時と比べると、非常に真面目」。国内外の経済情勢の影響も受けやすい厳しい仕事だからこそ、人材育成にも力を入れる。朝礼では2~3分のスピーチを従業員に課す。最初はしどろもどろだった若手が場数を踏むことで、自分の考えを伝えられるようになり、業務にも生きる。「学があろうがなかろうが、会社で人を育てたい」

 作業ヤードの塀には、沖縄本島をかたどった長さ約3メートルの看板がそびえ、今帰仁村が目立つように赤く塗られていた。古里への愛着が詰まった看板は、自然と道行く人の目に飛び込む。「これ、いいでしょう」。そう言って、うれしそうに写真に納まった。(東京報道部・西江昭吾)=連載・アクロス沖縄<92>

 おおしろ・まさる 1961年、今帰仁村生まれ。北部工業高校を卒業。93年、茨城県古河市に金属リサイクル業の大城産業を創業した。社訓は「感謝」。「すべての人・物に感謝する」がモットー。古河市にある唯一の沖縄料理店「今帰仁城」も経営している。2016年には友人2人と母校・兼次小学校にマイクロバスを寄贈した。