社説

社説[翁長知事 苦闘4年]バトン継ぎ前に進もう

2018年8月11日 09:31

 衆院本会議の代表質問で今年1月、野党議員が沖縄で相次いだ米軍機の事故やトラブルを取り上げ、政府を追及した。

 「それで何人死んだんだ」 議場にいた松本文明・内閣府副大臣(当時)からヤジが飛んだ。

 自民党議員の無知・無理解は県民の心をいてつかせた。

 「何人死んだら動くのか」 住民の怒りの声を、当時、何人もの人から聞いた。

 この一件を思い出したのは、翁長雄志知事が亡くなったというのに、政府が新基地建設に向け埋め立て地への土砂投入を実施する姿勢を変えていないからだ。

 膵臓(すいぞう)がんに侵された翁長知事は、土砂投入を止めさせようと、東京での治療を勧める周囲の助言を振り切り、最後まで埋め立て承認撤回の機会を模索し続けてきた。

 7月27日、撤回手続きに入ることを正式に表明し、その12日後の8月8日、生きる気力と体力をすべて使い果たして旅立った。

 理不尽な基地負担を拒否し、命を削るように、政府と対峙(たいじ)し続けた壮絶な死だった。

 政府は、そんないきさつを無視して、計画通り土砂投入を強行するつもりなのか。

■    ■

 翁長氏は2014年11月の知事選で、辺野古反対の公約を掲げ、現職知事に10万票近い大差をつけて当選した。

 直後の衆院選でも、4選挙区のすべてで辺野古反対を掲げる候補が当選した。保革を超えた新しい政治勢力を組織化したのは翁長氏である。

 安倍官邸と自民党は翁長氏を敵視し、事あるごとにいじめ抜く。当選あいさつのため年末年始に安倍晋三首相や菅義偉官房長官に会おうとしたが会えず、そのような状態が3月末まで続いた。

 普天間問題の原点とは何か。菅官房長官との協議で翁長知事は強調している。

 「戦争が終わって、普天間に住んでいる人たちが収容所に入れられている間に土地を強制的に接収され、米軍の飛行場ができた」

 「自ら奪っておいて、それが老朽化したから、また沖縄県で(新基地を)差し出せというのは、これは日本の政治の堕落ではないか」

■    ■

 菅官房長官との初会談では、菅氏の口癖だった「粛々と」という言葉遣いを上から目線だと批判した。

 だが、政府との議論はまったくかみあわなかった。政府は「司法での解決しか選択肢はない」として話し合い解決を拒否し続けた。

 15年5月、沖縄セルラースタジアム那覇で開かれた新基地建設に反対する県民大会で翁長氏は訴えた。

 「安倍晋三首相は『日本を取り戻す』と言っているが、そこに沖縄は入っているのか」

 辛(しん)らつな政府批判を続ける一方、集会に参加した県民に対しては「グスーヨー、マキテーナイビランドー」(皆さん、負けてはいけない)と鼓舞し続けた。

 翁長氏は15年9月、国際NGOの発言枠を譲り受ける形で国連人権理事会で発言する機会を得、短い声明を読み上げた。

 「沖縄の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を世界中から関心を持って見ていてください」

■    ■

 超党派の参議院メンバーが来県し、基地を抱える市町村長と意見交換したとき、ある参議院議員はこう語ったという。

 「本土が嫌だと言っているんだから、沖縄が受けるべきだろう。不毛な議論はやめようよ」

 翁長氏はこのような本土側の無理解とも向き合わなければならなかった。「魂の飢餓感」という言葉を使って現状を表現したこともある。

 妻の樹子さんによると、翁長氏は当選時「万策尽きたら夫婦で一緒に座り込もう」と約束していたという。

 翁長氏が政治家としてすべてをかけて守り抜いたバトンをしっかり引き継ぎ、広げていくこと-。

 きょう11日、那覇市で予定されている新基地建設断念を求める県民大会は、そのことを確認する大切な場になるだろう。

沖縄県知事 翁長雄志の「言葉」

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