夏休み明けに多いとされる子どもの自殺をゼロにしようと、不登校の経験のある人や親たちが語る「#不登校は不幸じゃない」と題したイベントが19日、那覇市の子ども図書館「にじの森文庫」であった。「学校に行けなくても生きていく方法はある」とそれぞれの体験を通して伝え、約30人が耳を傾けた。

親や子としての不登校の経験を語った(左から)盛島美奈子さん、親川政明さん、志堅原京子さん、盛島楓さん、伊志嶺幸美さん=19日、那覇市・にじの森文庫

 那覇市の志堅原京子さん(40)は、小学3年から中学3年の2学期までほとんど学校に行けなかった。学校に行こうとすると吐く、という繰り返し。「地獄のような毎日でした」。病院で調べても、原因は分からなかった。人に気を使う「敏感な子どもだったから」と今は思う。

 成長後、スペインに短期留学するなど自身で道を開き、現在はピラティスのインストラクターをしている。「子どもは可能性の塊。学校に行けないのは通過点にすぎない」と語った。

 イベントは夏休みが終わる前の全国一斉の企画の一環で、沖縄では南城市の盛島美奈子さん(47)が中心となって開いた。

 盛島さんは娘の楓さん(21)が、いじめが原因で小学3年から中学2年まで不登校になった。当初は「育て方が悪かったのかな」と自身を責めたり、「強くなれ」と楓さんに言ったりしていたという。

 だが、ある日、面白いテレビ番組の方を見ていた楓さんの表情がないのを見て「この子、死んじゃう。死ぬくらいなら生きていてくれれば」と思うようになった。未来に希望が持てるようにと、将来の姿である大人の一人として、「忙しい」「疲れた」と言うのをやめ、ヨガなど趣味を楽しむようにした。「学校に行かせることが道と思うと動けなくなる。どうやったら生きていけるかを考えてほしい」と話す。

 美容学校に通った楓さんは現在、アパレル関係などの仕事をしており、将来は不登校の子らにメークで自信を付けてもらう仕事をしたいという。

 盛島さんはホームページ「小中学生不登校でも子どもの将来は大丈夫」(https://mother.okinawa/)を開設している。